「私も弟も、自分の不運を嘆いたことは一度も…
「私も弟も、自分の不運を嘆いたことは一度もありません。嘆くというのは、虫のいい考えです。(略)覚悟がないのです」。作家車谷長吉(ちょうきつ)(2015年没、享年69)の「人生相談」での回答の一節だ。
「虫がいい」「覚悟」といった言葉は、当今の優しい風潮の中で見ると厳しい印象を与えるが、この世はこの程度には厳しいのではないかという気がする。キレイごとなしの本音で回答すれば、このような具合になると納得する。
「人生には救いがない。(略)救いのない人生を、救いを求めて生きるのが人の一生」との言葉も「救いがないのであれば、救いを求めたって意味がないではないか?」という疑問を打ち返すだけの力がある。
「人の本質は阿呆」「興味のないことをしなければならない時の方が多い」といった言葉。小説を書きたいと相談する71歳の男性に対しては「善人には小説は書けない」と回答する。相談者に「あなたは善人ですよ」と通告している。いずれも、テレビのコメンテーターあたりの口からは決して聞こえてこない類いのものだ。
建前も予定調和も演出もないまま発せられた言葉だから心に沁(し)み通る。車谷という個性の強い作家の本心が語られていることが信じられる。
真実味のない言葉が氾濫する中、貴重な言葉だ。人生相談という現場から出てきた辛口の言葉を集めたのが『人生の救い』(朝日文庫)という本だ。7年前に出た文庫が版を重ねることも珍しい。