「草の戸も住替る代ぞ雛の家」(芭蕉)…


 「草の戸も住替る代ぞ雛の家」(芭蕉)。きょうは桃の節句、雛(ひな)祭りの日である。

 桃の節句について、稲畑汀子編『ホトトギス新歳時記』には「五月五日の男の子の菖蒲の節句に対して、三月三日の女の子の節句をいう。雛に桃の花を供え、桃花酒、白酒を酌んだりしたのでこの名がある」とある。

 残念ながら、気流子は男の子の3人兄弟だったので雛祭りの体験がない。このため、女の子がいる家庭の雰囲気を想像するしかないが、男の子の端午の節句と比べ、家族団欒(だんらん)が華やかなのではないか。女の子は大人になれば嫁ぐために家を出ていかなければならないので、家族の絆を確かめるような印象がある。

 冒頭の俳句は、芭蕉の『奥の細道』の「月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也」で始まる序文の後に詠まれている。自分が住んでいた家に、これから入る家族のことを思って作った句だが、序文に表れた「旅で死ぬかもしれない」との思いと対比して味わい深い。

 芭蕉に家族があったかどうか、いろいろな説があるが、紀行文や句にはそれをうかがわせるものがあまりない。これは芭蕉が文学作品を自然主義的にリアルなことを書くものとして意識していなかったことを意味する。

 幾分かのフィクションを交えながら、古来の漂泊者や隠遁(いんとん)者の文学に重ね合わせて俳句を詠み、紀行文を書いていたということである。伝統文学の中で新機軸の表現を試みたというのが妥当なところだろう。