昨日、一昨日とあいにくの雨続きの上に、風も…


 昨日、一昨日とあいにくの雨続きの上に、風もまだ冷たい。明日は「冬ごもりの虫が這(は)い出る」という二十四節気の啓蟄(けいちつ)で春も仲春を迎えるが、虫たちも地上に首を出すのは躊躇(ためら)うかもしれない。

 啓蟄の語は、江戸時代の歳時記には全期を通して登録されている。ところが、啓蟄を詠んだ句の方が見当たらないという。どうも難しい漢字が嫌われたのか使われなかった。

 この語が復活したのは明治の俳誌「ホトトギス」の同人たちが取り入れて詠み始めたからだ。よく知られている句に川端茅舎の「啓蟄を啣(くは)へて雀(すずめ)飛びにけり」がある。

 水が温(ぬる)み、花がほころぶ季節になると、地中でもアリや地虫、トカゲ、蛇など冬ごもりの生き物が這い出てくる。それはいいが、ぼけっとして出てきたらたちまち鳥たちの餌食になってしまいますよ、というのどかな一方で何ともコワーい自然の世界を捉えた。その弱肉強食図にハッとさせられる。

 「啓蟄や生きとし生けるものに影」(斎藤空華(くうげ))。こちらは地上に出た生物がそれぞれに影を持つことの不思議に気付いたことを詠んだ一句。高浜虚子には「蛇穴を出て見れば周の天下なり」がある。

 冬眠から覚め、地上に首を出した蛇が初めて目にした周りの景色の明るさ、まばゆさに驚くさまが目に浮かんで楽しい。近所の花壇の三叉(みつまた)が枝先に白い綿をくっつけたような花をつけていた。冴(さ)え返りの中でも、花ほころび、生き物が動きだす、のどかな春はすぐそこに来ている。