「春そこに来てゐる如き水辺かな」(高浜年尾)…
「春そこに来てゐる如き水辺かな」(高浜年尾)。先日帰宅する時、雪が夜の闇を斜めに切るように降っていた。
春間近と思っていても、雪で電車のダイヤが乱れ、入試の開始時刻が遅延することも多々ある。
暦の上では、2月から春。具体的には立春から立夏までになるが、まだまだ風は冷たいので、水道水も温水から切り替えられないでいる。去年からこの冬が寒いことは漠然と感じていたが、妻から電気代が普段の3倍ほどになったと聞いた時には驚いた。
それほど暖房器具を使ったつもりはなかったが、それだけ寒かったのか、高齢になって寒さに敏感になってしまったのか、よく分からない。現代人には暖房器具という文明の利器があるが、そんなものがなかった時代はどうだったのか。じっと我慢していたのだろうが、なければないで済ませるのかも。
文明の発達で便利になったことは確かだが、それによって失われてしまった精神文化もある。自然環境の保護などを考えれば、まず生活スタイルを少し変える必要があるかもしれない。
「心頭滅却すれば火もまた涼し」という言葉がある。江戸時代の末期、精神涵養(かんよう)のため、冬でも着物1枚で済ませていた江川太郎左衛門や福沢諭吉の話を読むと、襟を正される思いがする。その諭吉は、明治維新が起きた激動の時代を生き延びて「一身にして二生を経る」という言葉を残している。諭吉は明治34(1901)年のきょう亡くなっている。