本庶氏ノーベル受賞で日本の基礎研究の現状に警鐘を鳴らす産経・毎日

◆「免疫療法」に道開く

 ユーラシア大陸の北西の果てスカンジナビア半島から2日、朗報が飛び込んできた。ノーベル賞週間の皮切りとなる医学生理学賞に京都大学特別教授の本庶(ほんじょ)佑(たすく)氏が選ばれた。

 人間の体にはもともと体内に入った病原体などの外敵を攻撃して体を守る免疫機能が備わっているが、これが自身の細胞が変異したがんには十分な機能を発揮しない。本庶氏はその原因が、免疫機能の細胞にブレーキをかける分子「PD-1」があり、がん細胞がここに作用して攻撃されないようブレーキをかけさせていることを突き止めた。そこでブレーキを外してがん細胞を攻撃させる新薬を開発し、斬新なメカニズムによる画期的な「がん免疫療法」に道を開いた。受賞は「PD-1」とは別のブレーキ分子を発見し、この分野の治療法を共に発展させてきた米テキサス大学のジェームズ・アリソン教授と共同受賞である。

 これで日本の研究者のノーベル賞受賞は自然科学3分野(医学生理学、物理学、化学)で一昨年の大隅良典氏に続いて本庶氏で23人(米国籍の2人を含む)となる。新聞の論調は受賞を喜び、栄誉をたたえつつ一方で、受賞のゆりかごとなった日本の基礎研究現場のお寒い現状に強い危機感を強調したものが目立ったことに注目したい。

◆日本の科学研究失速

 英科学誌「ネイチャー」が昨年3月に「日本の科学研究はこの10年間で失速し、科学界のエリートの地位が脅かされている」と警告したことを引き合いに、産経(2日付主張)は「近年の受賞ラッシュを日本の科学、基礎研究の水準の高さを示すものと、素直に喜んではいられない」と指摘。これまでの受賞者や本庶氏らが日本の科学研究を失速させた元凶と指弾した「短期的な成果を偏重する科学技術政策」をやり玉に挙げた。「現在の日本の研究環境は、目先の成果にとらわれて、若い研究者の視野が狭まり、高い志を持てなくなっている」と言うのだ。

 そして「快挙に沸く今こそ、科学研究の危機を直視し、若い科学者が(本庶氏のように)挑戦できる環境に変えていかなければならない」と訴える。同感である。

 毎日(2日付社説=以下同)も「今回の受賞決定は現在の日本の研究の活力を示しているとはいえない」だけでなく、最近の日本の科学界は「暗雲が漂っているように見える」とまで憂慮する。その背景に「目先の成果を重視する政府の基盤的な研究費の軽視、行き過ぎた研究投資の『集中と選択』」にあると指摘。今後も本庶氏のような成果を挙げたいのなら「基盤的な研究費を惜しむべきではない」と強調したのである。

 朝日は、本庶氏らを生み、育てた時代から大きく変わった日本の研究現場が「短期間で実用的な成果を出すことが求められ、独創的なテーマに挑戦しにくいとの指摘がしばしば聞かれる」ことに言及。「研究とは。その意義は。改めて問い直す機会にしたい」と社説を結ぶ。小紙も「今日の日本の大学や研究機関での基礎研究の担い手の減少、研究費の削減という事実を憂慮」する。その上で「基礎研究に専念でき、そこから応用科学への発展が可能となるような支援を急ぐべきだ」と結ぶ。産経、毎日と同様の認識を持ちながら両紙はやや突っ込み不足で物足りなかった。

◆基金をつくり支援も

 日経も同様の認識で政府に「ノーベル賞級の研究を育むには腰を据えてじっくり取り組む研究を促す政策も重要だ」と強調した。加えて「米欧ではがん、心臓病などの有力患者団体が寄付金をもとに基金をつくり、大規模な研究助成をしている」ことを紹介し、患者団体との連携で基金による基礎研究支援を提案しているのが、いかにも日経らしい。受賞を機にそろそろ日本も、政治とは別にそうした機運に応え、志ある篤志家が立ってファンドを立ち上げていく社会となっていくことを期待したい。社説は「大切な研究の芽を政府、産業界、社会が一体となって育て続けないと、優れた頭脳はいずれ枯渇しかねない」と訴えている。

 いつもは教えられることの多い読売だが、今回は受賞した研究内容の解説に終始し、大局に立った視点に乏しかったのは残念である。

(堀本和博)