なぜ今また朴正煕なのか 「強いリーダーシップ」再評価
“大企業中心の世界経営”追求
来年は韓国の朴正煕(パクチョンヒ)元大統領の生誕100周年に当たる。韓国動乱の廃虚から「世界10位圏の経済大国」に飛躍する基礎を築いた指導者として、これまでもたびたび光を当てられてきたが、最近の鈍化した経済成長、混乱する国内政治、窮地に立つ外交など“災禍”に見舞われている韓国で、朴元大統領の評価が再び高まっている。
朝鮮日報社が出す総合月刊誌「月刊朝鮮」(11月号)で、「なぜ今また朴正煕なのか」の特集が組まれている。「歴史を振り返れば、まさにその時、その人がいたことで、国と民族の歴史が変わる場合がある。朴正煕こそまさにそのケースだ」と同誌はいう。
朴正煕は「漢江の奇跡」と言われる経済発展を推進した牽引(けんいん)者でもあるが、最後は部下の凶弾に倒れた軍人政治家としてのイメージが強い。民主化が進んでからは、さらに運動家らを弾圧した独裁者として描かれた。
しかし、「1980年代後半以降、歴代大統領の業績を評価する各種世論調査でいつも1位を占めた」のも朴正煕だ。最近でも「国をよく導いた大統領」調査(昨年8月)で44%が彼を挙げている。「産業化の業績に対してはほとんど異論がない」(同誌)のが韓国人の共通認識となっている。
同誌は各界専門家に朴正煕の評価を聞いている。そこで共通するのは「強いリーダーシップ」ということだ。世界最貧国に沈んでいた韓国を急速に押し上げるためには強権が必要だった、その過程ではある程度の統制、制限は避けられなかった、ということを韓国人は理解しているということだろう。
今日の韓国政治を見てみると、承知のように「崔順実(チェスンシル)国政壟断(ろうだん)」事件で大混乱に陥っている。これはそもそも朴正煕の娘・朴槿恵(パククネ)大統領の政治手法・姿勢によってもたらされた騒動だ。周囲にものを聞かない「不通」政治、「手帳人事」と言われる狭い交友知人の範囲で行う人選、そしてその背後に政治家でもなく専門家でもない一民間人の崔順実容疑者がいた、ということが明らかになった。父親が示した「強いリーダーシップ」の片鱗(へんりん)もなく、それどころか「操り人形」とまで言われているのだ。
強いリーダーシップがないのは政界も同じである。来年に迫った大統領選でこれはといった候補者が見当たらない。与党では「歴代最悪、無能」とケチのついている潘基文(パンギムン)国連事務総長が候補者に擬せられるほど、人材が払底しているのだ。野党も事情は似たり寄ったりで、頭一つ飛び抜けた人物がいない。
朴正煕は「私の墓に唾を吐け」との覚悟で、日韓国交正常化を推進した。「国家のために必要ならばあらゆる反対を押し切っても貫徹させ、危機を突破する決断をもった指導者」だったからこそ、実現できたものだ。今日の政治家でそれができる人物は見当たらない。韓国にとっては絶対に必要であり、利益のあることは明白な日韓秘密情報保護協定でさえ、締結に躊躇(ちゅうちょ)している始末なのだ。
記事の中で目を引いたのは李栄勲(イヨンフン)ソウル大教授の「大企業中心の世界経営は韓国社会構造や文化的指向と符合する」という指摘である。韓国経済が傾いた原因を財閥中心の経済政策破綻に見いだそうとするのが最近の流行だが、それまで韓国を引っ張ってきたのは現代やサムスンといった大財閥だったことは紛れもない事実だ。
李教授は、「朴大統領は大規模企業集団を育成し、ここに全国的参加が成り立った。国民は教育平準化と技能工養成でここに参加することができた。大企業が成長し、それに伴う落水効果で中小企業も成長し、所得配分も良好だった」と評価している。さらに、「見えや外聞」が何より大切な韓国人の体面社会からいっても、大企業に属する“社会的威信”が満たされなければならず、それがマッチしていたのだと説明する。
また「韓国は基礎固有技術がなく、内需市場が小さく、一人で自立しにくい国だ。朴正煕はこうした現実を直視したので“大企業中心の世界経営”を追求した」と李教授は説明し、「朴正煕モデルは過ぎ去ってしまったのではなく、改良すべきだ」と強調した。さらに踏み込んだ朴正煕再評価である。
「強いリーダーシップ」に関連して、最近韓国メディアが毛嫌いしていた安倍晋三首相を評価しようとしているのがおかしくもある。
編集委員 岩崎 哲