「吹く風の涼しくもあるかおのづから山の蝉…
「吹く風の涼しくもあるかおのづから山の蝉鳴きて秋は来にけり」(源実朝『金槐和歌集』189番)。「おのづから」は「いつの間にか」だろう。風の様子や蝉の鳴き声によれば、いつしか秋がやって来たことが感じられる、という歌だ。蝉はツクツクボウシとされている。
『古今和歌集』の「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」(藤原敏行)を踏まえた作と言うが、季節の移り変わりを詠んだ歌として、出来は実朝の方がよほど上だ。
小林秀雄は、全体としては凡庸な歌が多い『金槐和歌集』の中では、この歌が一番好きだという(「実朝」)。この歌を含む数十首の完成度の高さは驚くべきものだ。
実朝の個人歌集である『金槐和歌集』は、21歳のころに成立したと言われる。年齢を考えると、早熟という他はない。暗殺されたのが満26歳だったことを考え合わせると「夭折」という言葉も浮かんでくる。
あれだけの若さで、これほどの凄みを持った歌を平気で詠んでしまう実朝だから、「天才」と呼ばれても不思議ではない。日本文学史の中でも、天才中の天才の一人だ。
天才という言い方には、どうにも説明し難い芸術家の卓越した力量に対する「天才ならざる人々」の驚きが含まれている。「天才と決め付けるのは思考停止だ」との考え方もあるが、飛び抜けた才能を何とかして納得しようとする人々の思いは、それとしてまっとうなものだろう。