若者のテロ「感化」防げ 英政府、イスラム過激派対策を再検討
英政府は、シリアやイラクで数百人以上の英国出身のイスラムの若者がイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」に参加していることを重大視し、イスラム過激派対策の再検討を迫られている。テロ対策の強化と並んで、イスラムの若者が過激主義に走るのを予防する包括的取り組みが再度求められている。(ロンドン・行天慎二)
渡航者取り締まり強化
社会同化プログラム見直し
カギ握る「家族の絆」
イスラム国が8月19日に公開した米国人ジャーナリストの処刑映像の中で殺害に立ち会った実行犯が英国からシリア、イラクへ渡航し、イスラム国に加わったイスラムの若者だったことは英政府当局者にショックを与えた。キャメロン首相は翌20日にハモンド外相や内務省責任者と緊急会議を持ち、対応策を協議したが、「渡航を考えている者の旅券を取り上げる。こうした過激主義と暴力に参加する者を逮捕・起訴する。インターネット上から過激主義者の資料を取り除く。国民の安全を保つためにできることは全て行う」と述べて、イスラム過激主義者への取り締まり強化の方針を示した。
ここ数年間に英国から内戦状態のシリア、イラクへ渡航したイスラム過激主義者は500人から2000人に上るとみられている。フランス、ドイツ、ベルギー、オランダなどの欧州各国からも100人ないし数百人規模で渡航していると報道されているが、英国系イスラム過激主義者は英語で発信できることからイスラム国のプロパガンダ要員として重要視されているもようだ。これら渡航者のうち、テロリストになったイスラム戦士200~300人が既に帰国していると言われている。英政府は29日、これらテロリストによるテロ攻撃が潜在的脅威になっているとして、国家への5段階テロ脅威レベルを3番目の「実質的」から2番目の「厳しい」に引き上げた。
メイ内相はイスラム過激主義者を取り締まるために、テロ法違反団体だけでなくテロを行う可能性のある団体への禁止命令、勧誘・リクルートする者の逮捕、シリア・イラクへの渡航予定者の事前捜査などの措置を実施することを明らかにした。これらは英国内で過激主義者の動きを封じ込めようとする措置だが、その効果を疑問視する意見が出ている。治安当局はこれまで「テロ予防・捜査措置」の法的権限の下で過激主義者の行動、通信状況などを監視していたが、多くの過激主義者はその監視網をくぐり抜けて渡航していた。このため、封じ込め措置だけでなく、出入国検査の厳格化、シリア・イラク渡航者の旅券没収や帰国禁止命令などの強硬措置が必要との意見が出ている。
2005年7月7日に起きたロンドン同時テロ爆破事件以降、英政府は国内のイスラム過激派対策に精力を注いでおり、過激主義者の取り締まり強化とともに、長期的な観点からテロ予防の包括的プログラムを実施してきた。過激主義思想が広がるのを抑えるために、イスラム系住民の英国社会への同化プログラム、モスクやイスラム団体と協力した教育啓蒙(けいもう)活動などさまざまな取り組みが試みられてきた。しかし今日、英国から多くのイスラムの若者たちがイスラム国に参加していることから、こうした予防プログラムは十分に機能していないと指摘されている。
労働党のクーパー影の内相は「若者たちが過激化するのを防止しようとしている父兄やコミュニティーをもっと支援する必要があり、予防プログラムが強化され再度重視されるべきだ」と語っている。キャメロン政権は、過激主義者に対する治安対策を重視する一方、同化プログラムに対する効果的な政策は実施していないと批判されている。
イスラムの若者たちはイスラム過激主義の団体や説教者たちによって感化され、「聖戦(ジハード)」に走るケースが多いが、これまではモスクや集会場所がその出会いのきっかけになっていた。しかし今は、スマートフォンを持ってインターネット上でソーシャルメディアを使って出会っており、過激主義思想の浸透を予防するのが一層困難になっている。ロンドン警視庁のテロ対策責任者であるローリー警視監は「テロリストはメッセージを広めるために、ユーチューブ、フェイスブック、ツイッターなどの発言力を活用している」と警告している。
ネヴィル=ジョーンズ元治安担当相は「これら若者が応対しそうなやり方や言語を使ってコミュニケートする手段を見つけることだ。われわれはメッセージへの対抗手段としてソーシャルメディアを使用しなければならない」とコメントしている。
過激主義に走る若者たちに対して、既存のモスクやイスラム団体はもはや影響力がないのが実情だ。このため英内務省は、家族のネットワークを通じて過激主義に染まる若者たちの心に影響力を与えようするスキームを導入しようと計画している。このスキームはドイツで2年前から採用されているもので、家族関係の絆を取り戻すことを通じて若者たちが過激化するのを少しでも防止しようとするカウンセリング療法だ。