EU、新人事で課題克服へ

次期委員長にユンケル前ルクセンブルク首相

 欧州連合(EU)の執行機関、欧州委員会は、ルクセンブルクのユンケル前首相の次期委員長就任を正式に決めた。今後、同委員会のメンバーおよび、ファンロンパイEU大統領の後任人事を決める流れにある。財政再建に取り組む欧州だが、隣国ウクライナ問題を抱え、EU離脱をほのめかす英国を引き留める問題など課題は山積みだ。(パリ・安倍雅信)

財政再建やウクライナ問題急務

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次期欧州委員長のユンケル氏=6月2日、ベルギー西部コルトレイク(EPA=時事)

 欧州議会は15日、ユンケル前ルクセンブルク首相を次期欧州委員会委員長に指名する人事を承認した。委員長ポストを議会で決定した初の委員長となる。採決の結果は賛成422票、反対250票、棄権47票、無効10票で、同氏を委員長候補として擁立した最大会派・中道右派の欧州人民党(EPP)だけでなく、社会主義系、リベラル系議員も支持した。

 ユンケル氏をめぐっては、ドイツをはじめフランスが強く推した一方、英国のキャメロン首相が反対を表明し、最後まで抵抗した。ユンケル氏は、2013年1月まで4期8年にわたり、EU圏財務相会合(ユーログループ)の議長を務め、ギリシャに端を発した財政危機に取り組み、ユーロの信頼回復に尽力した人物だ。

 ユンケル氏は11月1日に委員長に就任する予定だが、新体制の発足に向け、EU加盟27カ国から委員候補を決め、9月に開かれる公聴会、10月に委員候補者全体に対する信任投票が実施される予定だ。ただ、候補者選びは難航している。

 ユンケル氏は承認を受けた議会で演説し、向こう3年間で総額3000億ユーロ(4090億㌦)の官民投資プログラムを実施することを強調した。具体的にはエネルギー、輸送、ブロードバンドネットワーク分野などへの重点的投資を行い、欧州の産業化のリセットを行う方針を打ち出している。

 EUは現在、財政危機で失った市場の信頼回復に努める一方、雇用環境の悪化でEUへの高まった不信感を払拭することが課題となっている。そのためユンケル氏はその現実を認めつつ、景気回復、完全雇用に向けた積極的な取り組み以外に信頼回復はあり得ないと述べている。

 EUが抱える問題は経済問題にとどまらない。5月に行われた欧州議会選挙でフランスと英国でEU離脱を標榜(ひょうぼう)する極右政党が大勝した。リーマンショックやギリシャの財政危機で、国家予算の垂れ流しをしていたような国に大国は莫大(ばくだい)な支出を強いられたほか、増加する移民が欧州文化に同化しないことへの反発が高まっている。

 一方、経済危機に見舞われた欧州は、社会政策に重点を置く大陸欧州と米国寄りの自由市場主義を追求してきた英国の対立が深まり、欧州委員会に代表されるEU官僚の権限拡大に伴う機構の肥大化に対して、英国は警戒感を強め、権限縮小を主張している。

 今回の委員長選出をめぐり、一貫してユンケル氏に反対してきた英国のキャメロン首相は、対EUの関係見直しを視野に17年に英国のEU残留の是非を問う国民投票を実施することを公約している。EUでドイツ、フランスに続く経済力を持つ英国は金融の中心地でもあり、軍事・外交面でも国際社会に存在感を示している。

 その英国がEU初の脱退国になれば、EUへのダメージは計り知れない。英国内のEU懐疑派の圧力を受けるキャメロン首相が、今後も欧州委員会に厳しい注文を付け、ユーロ圏に対する非協力的な態度を維持することが予想される。

 ただ、他の欧州加盟国、とりわけユーロ圏諸国の中には、ユーロ圏こそがEUの中心であり、通貨を含めた全てのリスクを共有し、欧州統合の深化を推進しているとして、ユーロに入らず、非協力的で常に強硬な姿勢を取る英国に嫌悪する国も少なくない。

 しかし、その一方でドイツのEU内での発言力が強まることを押さえられるのは英国しかいないという意見もある。ドイツはギリシャ危機にしろ、スペインや他の加盟国の財政危機でも、最も負担を強いられてきた国だ。そのためドイツ的倹約を旨とする緊縮政策実施で強い発言を繰り返してきた。

 ただ、欧州最大の経済力を持つドイツが発言力を増すことを懸念する声は根強い。英国は離脱の可能性があり、フランスは緊縮より景気対策優先を主張した左派のオランド政権が結果を出せず、弱体化している。ドイツの後押しで委員長に就任するユンケル氏など、ドイツの独り勝ちへの懸念は高まるばかりだ。

 一国で世界に存在感も発言力も持てないことから発足したEUとしては、ドイツのみならず加盟国全体が景気浮揚し、魅力ある市場となることが望ましい。そのためには英国も必要であり、大国フランスやイタリアの景気回復も必要不可欠だ。

 EUは今、ウクライナ問題にも直面している。EUにラブコールを送るウクライナの危機をEUの手で解決できるのかが注目されている。危機の背景にあるロシアの存在は大きい。外交的にはロシアの影響力を遠ざけたいEUだが、経済的結び付きも無視できない。

 旧ソ連・東欧諸国の中でもポーランドやリトアニア、エストニアなどは、対ロシア強硬策を支持している。一方、同じ旧東欧のスロバキアやルーマニア、ブルガリアなどは、ロシアからのエネルギー調達を考慮し、ロシアとの経済関係悪化を恐れている。

 フランスも、ミストラル級戦艦のロシア向け輸出を進めたいし、ドイツは、強硬な対露制裁でエネルギーや貿易面での経済関係を危機にさらすことを躊躇(ちゅうちょ)している。その一方でウクライナの親ロシア派を支援し続けるロシアに対して何もしないわけにはいかない。

 EUは長い歴史をかけて学び取った交渉術、統合過程での経験を生かし、ウクライナ問題解決で成果を出し、世界に存在感を示したいところだ。

 だが、米国の影響力が弱まる中、欧州も世界に対する発信力が弱まりつつあるのも事実だ。その意味で欧州は大きな過渡期を迎えているとも言えよう。