キャメロン英首相、EU内で「孤立」
次期欧州委員長人選を拒絶
キャメロン英首相は、6月末開かれた欧州連合(EU)首脳会議で次期欧州委員長にルクセンブルクのユンケル前首相を推すことに強硬に反対した。だが、結果はEU加盟国28カ国中26カ国が賛成し、同首相はEU内で孤立、EU改革への道のりは一層困難になっている。(ロンドン・行天慎二)
欧州議会主導に反対
加盟国尊重の改革に再決意
キャメロン首相がユンケル氏を次期欧州委員長に推すことに反対したのは、同氏がEU統合論者だとみられていることのみならず、欧州理事会(EU首脳会議)が欧州議会の支持する候補者から欧州委員長を決定することになったためだ。ユンケル氏は、5月の欧州議会選挙で最大の議席を獲得した中道右派グループの欧州人民党(EPP)が候補者として選出しており、メルケル独首相をはじめ多くのEU首脳は欧州議会の意向に反することはできなかった。EU首脳会議での決定を受けて、ユンケル氏は7月16日に欧州議会の全体投票の場で正式に次期欧州委員長に選出されることになっている。
しかし、キャメロン首相は、欧州委員長は従来通り各国議会を代表した加盟国首脳の合意によって決定されるべきであり、欧州議会による候補者選出は加盟国主権を軽視するものだと主張している。同首相は「各国政府の立場を侵害し、各国議会の権限を侵害する危険がある」と語り、欧州理事会は今回の人選プロセスを再検討し、次回から欧州委員長の任命の仕方を再考することに合意したと強調した。
欧州委員長は、EUの執行機関である欧州委員会が行うEU法の草案策定、各国予算の監督、EU条約の執行、国際貿易協定交渉などの重要な仕事に最終的責任を持つだけに、加盟国首脳との調整が重要である。他方、欧州議会は比例代表制によって政党別に選出された欧州議員で構成されており、各国有権者から離れて党派的になりやすいため、有権者の声を代表していないと批判されている。
今回ユンケル氏を候補者として選出したEPPは、ドイツの与党キリスト教民主同盟(CDU)などが属する中道右派の会派であり、基本的にEU統合化路線を支持しているが、英保守党は2009年にEPPから抜けて、EU懐疑派で構成される中道右派の新たな会派、欧州保守・改革党をつくった。しかし、欧州保守・改革党は欧州議会内で少数派に属する。今回から欧州委員長選出は欧州議会選挙の結果を考慮することになったが、英保守党など欧州懐疑派の少数派は欧州委員長人選プロセスで影響力がない。
EPPによるユンケル氏の選出は統合化路線を進めることを意味しているが、EU首脳会議でもメルケル独首相など26カ国の首脳がユンケル氏を推した。反対したのは、キャメロン首相とハンガリーのオーバン首相の2人のみ。ユンケル氏が支持された理由としては、首相在職中にEU首脳会議に何度も出席し、ユーロ圏財務相会合の常任議長として欧州債務危機の対応を担うなど、EUでの経験が豊かで加盟各国の利害調整役として適任者だと判断されたためである。逆に、EU改革を進めたいキャメロン首相にとっては、ユンケル氏は既定路線を歩む新鮮味のない人物であり、向こう5年間の委員長在任中に英国が提案するEU改革は実行できないとの思いがある。
英国内では、キャメロン首相はEU内で孤立していると批判が上がっているほか、加盟国主権の尊重を訴えたEU改革は今後ますます困難になるとの悲観論も出ている。キャメロン首相は英国内で根強い欧州懐疑派に対処するため、EUの官僚主義的体質を改善し各国政府レベルでの権限拡大を求めるEU改革を進めた上で、17年までにEU残留か否かを問う国民投票を実施すると約束している。
同首相は、欧州議会選挙の結果、左右の反EUを掲げる政党勢力が伸張したことを受けて、現行のEU機構は加盟各国の有権者に受け入れられておらず、EU改革が絶対に必要だと確信している。「長くてタフな戦いになるだろう。戦争に勝つためには時々、戦闘で負ける用意もできていなければならない。EU内での改革のために戦う自分の覚悟は堅固になった」と語り、EU内で一層発言力を強めていく決意を表明している。
ただ、保守党内のEU懐疑派からは、今後の加盟国への権限移譲交渉で首相が成功する可能性は小さく、英国はEU離脱の方向に行かざるを得ないとの意見が出ている。同首相も「賭けは高くなっている。不可能な仕事だと思うかと言えば、ノーだ」と語り、厳しい交渉になることを認めている。