「ジェンダー平等」の公約、生活実感とズレ
自民党の“実質勝利”となった先の衆院選は、大物議員の落選が相次いだことで注目を集めた。その一人に、立憲民主党副代表の辻元清美氏(大阪10区)がいる。
投票結果が出た今月1日、辻元氏はSNS上の動画で「本当にごめんなさい」を繰り返し、支援者に力不足を謝罪した。金色の議員バッチを外した胸にあったのは、LGBT(性的少数者)への支援や理解を表す「レインボーリボン」のピンバッジだった。
立民は衆院選で選択的夫婦別姓の導入、LGBT差別を解消するための法整備、同性婚の制度化などを公約に掲げ、「多様性を認め合う差別のない社会」の実現を訴えた。多くのメディアも「ジェンダー平等」「多様性」をキーワードに、自民党の消極性を浮き彫りにしようとする報道姿勢が目立ち、辻元氏に有利になる状況だ。しかし、結果は前回(2017年)より9000票余り減らして敗北、比例復活もならなかった。
大物とは言えないが、立憲にはもう一人、多様性を象徴する候補として筆者が注目していた女性候補がいる。尾辻かな子氏(大阪2区)だ。前回、立民公認候補として同区から出馬し選挙区では敗れたが、比例復活。史上初の“オープンリーLGBT”の衆院選当選となった。
LGBTをめぐる日本の状況はこの4年で大きく動いた。同性カップルを「結婚相当」と見なして行政が「公認」するパートナーシップ制度は全国120余りの自治体に拡大した。この流れをそのまま読めば、追い風を受けた尾辻氏は票を伸ばし、当選確実と思われた。しかし、逆に票を減らして敗北し、比例復活もならなかった。
両氏の敗北から見えてくるものは何か。30議席増やした日本維新の会の、大阪における強さが際立つとともに、共産党との共闘という立民の“敵失”が影響したことは間違いない。それに加えて「ジェンダー平等」「多様性」の公約が有権者の投票行動に影響しなかったとも分析できる。
「日本では意識の高い人たちが、学習すべき新思想としてLGBT問題をとりあげて、全く問題意識をもたない保守系政治家が批判し、失言騒ぎになったことがあった」。日本思想史を専門とする先崎彰容(せんざきあきなか)・日本大学教授は、19年に米国を1カ月余り旅して上梓(じょうし)したエッセー『鏡の中のアメリカ』でこう述べた。
多宗教・多民族・多文化の米国では、「多様性」は国民の生活実感を伴った国のアイデンティティーだ。その中から生まれたLGBT運動と、日本のそれとは持つ意味が異なるというのだ。日本では「結局はLGBT問題をわがこととして問うているとは思えない。なぜなら生活に根付き、同居の方法を模索する中ででてきた問題を、観念の次元で処理し対立をあおる道具になっているからだ」。
「失言」した「保守系政治家」とは自民党の杉田水脈(みお)氏。月刊誌に「LGBTには『生産性』がない」と書き、その月刊誌は休刊に追い込まれた。当時、LGBT活動家や多くのメディアから激しいバッシングを受けた杉田氏だが、衆院選では比例中国ブロックで当選した。「ジェンダー平等」「多様性」の公約は、この問題を観念で捉えがちな「意識の高い人たち」に響いても、有権者の生活実感とは大きなズレがあったということだろう。
社会部長 森田 清策