ベルギー安楽死法案の波紋、問われる生命の尊厳

 ブリュッセルのベルギー議会(下院)で13日、18歳未満の未成年者への安楽死を認める法案が賛成86票、反対44票、棄権12票で採択された。同国上院は昨年11月、既に承認済みだ。同法案はフィリップ国王の署名を受けてから成立する。ベルギーの安楽死法案が投じた波紋を考える。(ウィーン・小川 敏)

重い選択強いられる家族

未成年者への適用認める

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ベルギーの安楽死法案の採択を批判するバチカン放送(独語電子版)

 同法案は安楽死の年齢制限を撤廃し、医者と両親、そして未成年者の3者の合意があれば、18歳未満の未成年者の安楽死を合法化する。同国では2002年、安楽死法を採択済みで、安楽死は合法化されたが、年齢制限があった。オランダの安楽死法では安楽死は12歳以上と年齢制限があるから、ベルギーの新法案は世界で最もリベラルな安楽死法となる。

 新安楽死法に対して、「未成年者は自身の病が治癒可能かどうか判断が難しいのではないか」「医者と両親が相談し、未成年者の生命を一方的に奪ってしまう危険性が排除できない」など指摘する声がある。その一方、治癒不能な病にある未成年者の中には「自分が家族の重荷となっている。死んだ方が家族のためになる」と判断するケースが出てくるかもしれない、といった懸念も考えられる。

 実際、同国の185人の小児科医が「未成年者への安楽死を合法化すれば、両親の苦しみをさらに深めるだけだ」と疑問点を明記した公開書簡を発表している。

 安楽死法反対派にとって、フィリップ国王が署名拒否することを期待しているが、ベルギーでは70%以上の国民が安楽死法案を支持、という世論調査結果が報じられている。だから、国王の署名拒否は非現実的だろう。(ベルギーで安楽死法案が採択された直後、欧州全土でそれに反対する署名活動が行われ、数日中で15万5000人の署名が集まったという)

 ベルギーでは12年、1432人の安楽死を行った。その数は全死者数の2%に該当する。オランダでは12年は前年度比で13%増で4188人が安楽死した。その数は年々増加している。

 ローマ・カトリック教会のベルギー司教会議議長レオナール大司教は、「新法は苦しむ人間への人々の連帯を葬るものだ」と主張、安楽死法案に強く反対しているが、聖職者の未成年者への性的虐待が多発した同国のカトリック教会は国民から久しく信頼を失い、その発言は影響力を失っている。

 同国では過去、治癒が可能な人が安楽死したり、安楽死と臓器献品が絡むケースも出るなど、安楽死の現場ではさまざまな問題が起きている。

 なお、スイス、ドイツ、スウェーデン、エストニアでは医療による回復が期待できない患者の希望を受け入れて、安楽死を援助しても刑法には引っ掛からない。安楽死を禁止している国からスイスに安楽死ツーリストが殺到し、社会問題となっている。

 安楽死問題は非常に難しいテーマだ。個々のケースを慎重に考えなければならないからだ。無意味な延命措置は非人間的である一方、「生命の尊厳」という譲れない部分があるからだ。

 高齢社会の現代、安楽死問題を避けては通れない。カトリック信者の麻生太郎副総理兼財務相は昨年1月21日、社会保障制度改革国民会議で終末期医療について、「生きられるからといって延命措置をされたら堪(たま)らない」と述べたという。

 未成年者への安楽死を認める今回のベルギーの安楽死法案は、治癒不能な病を持つ子供の家族にとって朗報だろうか、それともさらなる苦悩をもたらすだけだろうか。明確な点は、同法案が家族関係者に重たい選択を強いることになる、ということだ。