「小説というのは、そのもとになる出来事が…


 「小説というのは、そのもとになる出来事がなければ、作れないものです」――。かつて小紙に小説「田沼意次」を連載した故村上元三さんが、連載終了後に気流子に語ってくれた。

 例外がないと言いたそうでもあった。新刊の小説『1984年に生まれて』(中央公論新社)を読んでいて思い出した言葉だ。作者の郝景芳(かくけいほう)さんは84年生まれの中国人作家でヒューゴー賞の受賞者。

 この作品は84年から30年間にわたる長編小説で、祖父の世代、父の世代、主人公の世代と、歴史的出来事が織り込まれている。多方面に取材したようだが、物語の背景になっているのが現代経済史だ。

 祖父は銀行家で、人民の敵としてつるし上げられた出来事があり、主人公は統計局に進んで、統計的数字の改竄(かいざん)の仕組みを解明しようとする。「数字が正しくなければ、大きな問題が起きる」――。祖父の言葉だ。

 60年に祖父が穀物データを集め、疑念を持つ。ある県で60%の増産というが、危険を感じる。大増産政策が実施された結果の数字だが、訳者である櫻庭ゆみ子さんの注釈によると、飢餓とインフラの破壊で数千万人の死者が出た。

 小紙「ビル・ガーツの眼」(1月11日付)で、ガーツ氏は武漢で発生した新型コロナウイルスについて「自然発生でない」というイスラエルの専門家の見解を紹介する。データについての矛盾、隠蔽(いんぺい)、改竄などが根拠だ。大増産政策の悲劇がまた繰り返されたのではないか。