金与正氏毒舌など悪口つくる北朝鮮エリートに注目した「バンキシャ」
◆微笑みの与正氏豹変
北朝鮮が同国内の開城工業団地に韓国と合意して開設した南北共同連絡事務所を16日に爆破したが、21日日曜日の報道番組での扱いは意外と小さかった。
南北、米朝関係の潮目の変化だが、もはやオオカミと少年の寓話(ぐうわ)のように驚かなくなったのか?――18日の河井克行前法相と妻の案里参院議員の逮捕、同じ日に政府の新型コロナウイルス感染症対策本部が決定した19日からの移動の自粛全面解除による観光地などの人出を追っていた。
ただ、これまで瀬戸際外交を繰り返す北朝鮮ながら、今回の新味は最高指導者・金正恩朝鮮労働党委員長の妹の与正党第1副部長の豹変ぶりだ。容姿端麗な女性にして平昌冬季五輪、南北首脳会談、米朝首脳会談で微笑外交を演出し、とりわけ韓国での親北的な融和ムードを高めたと思われる。それが突如として辛辣(しんらつ)な表現で韓国側への批判を切り出した。
その言葉の表現力はどこからきたのか、日本テレビ「真相報道バンキシャ!」が「爆破指示?与正氏“毒舌”のワケ」と題して扱っていたのが興味深い。北朝鮮には外務省など各政府機関に100人以上の悪口を専門とする「毒舌チーム」が存在し、その担当者はみなエリートだという。
◆「言葉のテロ」を訓練
「クズはゴミ箱に捨てなければならない」と与正氏が発言した3日後に、南北共同連絡事務所が爆破された。
同番組は爆破後の残骸などを韓国側から撮影するなど現地の様子を伝えたほか、ソウルで元北朝鮮外交官の太永浩氏にインタビューし、「言葉のテロとも言える文書を書く専門のチームがある」と聞き出していた。
太氏も担当した経歴を持ち、学生時代に「文書の書き方」という授業で「敵の心臓をペンで刺す気持ちで書け」と指導されたという。イデオロギー、プロパガンダを重視する共産主義国の教育であり、エリートの使い道だ。
しかも、金正恩氏ら最高指導者一族の目に留まる悪口を考えつけば出世もあるという。ならば、今回の与正氏の毒舌もエリートの作文の“勅撰文集”だ。その表現の一部は同番組の邦訳で次のようなもの。
「人間の値打ちもないクズども」「祖国を裏切った獣が人間の真似(まね)をして吠(ほ)えている」(脱北者団体に対して)
「汚物が付いた犬らの主人に責任を問わねばならない」「キツネも顔を赤らめる卑劣でずる賢い発想」(韓国政府に対して)
太氏は、同番組に「金与正氏が部下が書いた文書をチェックし、金正恩委員長も全部見たと思う」と語った。悪口の表現が選ばれた北朝鮮エリートは感慨無量だろう。太氏も手帳に日常的に悪口の表現を考えてメモしていたというから、驚きである。
◆米朝後に「不満世論」
しかし文書だけならまだいいが、南北事務所爆破が示す通り北朝鮮は危険な国だ。テレビ朝日「サンデーLIVE!!」は、ニュースコーナーで、「北朝鮮『報復の聖戦』南北融和の象徴を爆破/妹・与正氏“暴言”のワケ」として特集した。
匿名の元朝鮮労働党幹部に聞いたもので、困窮する北朝鮮の住民らが2018年にシンガポールで行われた米朝首脳会談で意識が変わり、「想像以上に大きく期待した」。ところが、19年ハノイで同会談が決裂、生活は厳しいままで「その責任は金正恩委員長にあるという世論が広まってしまった」という。
米朝首脳会談は北朝鮮メディアも大きく報じた。北の人々が変化を期待しても不思議ではない。労働党中央委員会で深刻な総括を行い、「世論」のガス抜きのため、韓国を挑発する「報復の聖戦」(労働新聞20日付)に、正恩氏と強い兄妹関係にある与正氏が兄の心配を察して表面に出てきた、というものだ。
元党幹部が「世論」を語っており、与正氏が対南批判の最初の口実にした脱北者のビラの影響は、米朝会談後の情勢下で予想以上に大きかったのかもしれない。
(窪田伸雄)