「歴史家は精確であり、真実に対して忠実で…
「歴史家は精確であり、真実に対して忠実であり、喜怒哀楽に動かされてはならない。歴史家は利益によっても、恐怖によっても、あるいは復讐のためにも、愛着のためにも、真実の道から逸脱するようなことがあってはならない」。
これはスペインの歴史家ディエス・デル・コラールが著書『ヨーロッパの略奪』の冒頭に掲げたセルバンテス著『ドン・キホーテ』の台詞。三島由紀夫が絶賛したというこの歴史書は、セルバンテスの言葉を規範に書かれた。
この小説はドストエフスキーやトーマス・マンなど世界中の作家らに愛読されてきたが、解釈はさまざま。だが、キリスト教文学の最高傑作とされてきたのは信仰の神髄が暗示されているからでもある。
これを訳したスペイン文学者の故牛島信明さんは最後の著書『ドン・キホーテの旅』(中公新書)で、セルバンテスがモデルとしたのは福音書の中のイエスであったことを詳細に解説した。
その点でピーター・オトゥール主演の映画「ラ・マンチャの男」は、セルバンテスを登場させて解説させ、『ドン・キホーテ』の意味をよく分からせてくれた作品。今月公開される映画「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」の場合はどうか。
騎士の狂気の原因は騎士物語の言葉にあったが、これをギリアム監督は映画製作に狂った男と解釈した。ここで消えたのは原作者のメッセージ、言葉である。そのため面白いが、無味乾燥な作品となってしまった。