石原慎太郎氏が、作家で文化勲章受章者の…
石原慎太郎氏が、作家で文化勲章受章者の獅子文六(本名岩田豊雄)から言われた言葉を紹介している。「石原君、君は気の毒だ、あわれだな。一介の文士どもがこんな高級なコースでゴルフなんて、今の時代だけだぞ。そのうち小説なんか絶対売れなくなるよ。君は困るぞ、もう目に見えてる」。
新潮社の名編集者、坂本忠雄氏との対談本『昔は面白かったな』(新潮新書、近刊)の一節だ。石原氏の文壇デビューは1955年、獅子の死は69年。獅子の言う「今の時代」を60年とすれば、獅子は67歳、石原氏は28歳。
当時は文壇も華やかで、小説もよく売れていた。石原氏個人は、その後の政界への転身も含めて話題になることが多く、人気作家であり続けたので、その点は獅子の予言は当たらなかった。
だが、純文学であれ大衆文学であれ、21世紀の今、小説は売れず、文壇も昔の華やかさはない。1880年代以来の日本の近代文学の歴史全体が地味で貧しいのが当たり前で、1960年ごろの方が異常だったという獅子の認識はまっとうなものだ。
当時から60年を経過した今、石原氏は、文学者は華やかさなどとはもともと無縁なのだと認めている。獅子の予言が当たっていたことは認めざるを得ない。
戦後のある時期だけが文学史や文壇にとって異常に隆盛な時代だったとすれば、小説が売れない現代はむしろ本来の姿に戻っただけとも言える。石原氏もそう言いたかったのだろう。