作家の野間宏(1991年没)がパーティーの…
作家の野間宏(1991年没)がパーティーの乾杯あいさつで長時間演説したエピソードが記録されている。会場の皆がグラスを持って待つ中、ニクソンがどうの、ブレジネフがこうの、べトナム戦争がああのと30分語り続けた。
丸谷才一、鹿島茂、三浦雅士の3氏による鼎談(ていだん)『文学全集を立ちあげる』(文芸春秋/2006年)で、フランス文学者の鹿島氏が実体験を語った場面だ。
作家の丸谷氏(12年没)が「野間は節度も遊び心もない。パーティが遊びの場であることも全くわかっていない」と反応しているのが面白い。
「左翼は大体、パーティで政治演説をするもんですよ」と丸谷氏は続ける。一方、三浦氏(文芸批評家)は「野間の作品は自己中心的で、一つの方向からしか見ていない」と批判する。
パーティーの演説と作風は、図らずも符合している。野間と言えば、半世紀前は「戦後派作家」の代表として高い評価を得ていたが、現在は言及されることはなくなった。「力量もないのに、戦後派作家は長編小説ばかり書きたがる」という丸谷氏の批判はポイントを突いている。
パーティーの演説は、無論左翼関係者だけのものではない。演説好きは今でも時に見掛けることがある。その場にいる人々のことを考えない「自己中心主義」はなかなかなくならない。その根源にあるのは、周囲に対する甘えであろう。人間が甘えたがる存在であるのは確かだが、それを外から見る視点も必要だ。