朴槿恵弾劾が突き付けた課題 二極化深化させた進歩政権
強大な大統領権限の見直し必要
韓国で大統領が民衆デモの圧力で弾劾され罷免された。もちろん国会が弾劾し、司法が判断したものだが、ソウルの中心部を埋めて毎週末行われた大規模な抗議集会やデモがこれらの判断に影響を及ぼさなかったとは言えない。いやむしろ全国にまで広がった「ろうそくデモ」を国会も司法も無視し得なかったのが実情だ。
わが国でも国会前で「安保法制」や「組織犯罪共謀罪」などに反対する集会が行われることもあるが、規模は韓国に比べればはるかに小さく、当然、国政を動かす程の影響力もない。時に野党が院外闘争に出ることはあるが、単なるパフォーマンスに終わる。その感覚からすれば、街頭デモで政治が動く韓国はダイナミックではあるものの、要するに立法府が役割を果たしておらず、代議制の失敗あるいは未成熟ということになる。
とはいえ、独立後の韓国憲政史ではしばしば時代の節目にこうして街頭に出た民衆が政治を動かし、政権交代を促してきた。
今回の朴槿恵(パククネ)大統領の罷免は「単純な政権交代のレベルを超えている」というのは西江大教授の孫浩哲(ソンホンチョル)氏だ。「進歩指向の政治学者」である孫氏は「韓国社会の根本的体制変換をもたらした」「市民革命」だったと評価する。東亜日報社が出す総合月刊誌「新東亜」(4月号)が紹介している。
韓国では1987年の「民主化」以降、保守と進歩勢力の間で政権交代が行われてきた。今日韓国が抱えている「政治体制の矛盾」は、左派が指摘するような「開発独裁」と言われた朴正煕(パクチョンヒ)時代の“負の遺産”と、それを継ぐ朴槿恵政府だけが原因ではなく、むしろ、金大中(キムデジュン)、盧武鉉(ノムヒョン)の左派政権10年に進められなかった「不完全な民主化」がもたらしたもの、というのが孫氏の分析である。
今回の「市民革命」を孫教授の見解からもっと詳しく見てみる。「表層」で見えるのは朴氏の“親友”崔順実(チェスンシル)氏による国政介入、贈収賄事件だが、「中間層」にあるのは「強大な大統領権力」だ。これは保守であろうが左派であろうが、不徹底な民主化で解決できなかった「独裁」が生む弊害のことをいう。強大で集中した権力は腐敗する。「5年単任制」が権力周辺に短期間での利益回収をさせるためだ。保守進歩を問わず歴代大統領が何らかの汚職事件に巻き込まれた理由である。
そして「深層」には1997年のIMF事態から始まる「ヘル朝鮮」がある。貧富の格差は、これまた保守進歩の別なく広がった。誰もが財閥企業への就職を目指す一方で、深刻な青年失業が解決されない。現代重工業労組のような年収1000万円を超える「労働貴族」が跋扈(ばっこ)する。
そして、孫教授は今日の「ヘル朝鮮」は「2期目」であって、「1期目」は金大中、盧武鉉の左派政権が「新自由主義政策」を進め、その結果「民生が破綻した」時であると説く。進歩勢力に託した民主化は結局、二極化を進めただけで、保守の李明博(イミョンバク)氏が政権を奪還できたのは、皮肉なことに「貧しい人々」が彼に票を投じたからだという。
保守派の李明博氏の当選は、「二極化を深化させて民生問題を悪化させた進歩政権のエリートらを大衆が審判」し、「満腹の運動圏(左派学生運動)エリートに対する大衆の復讐(ふくしゅう)」だったという指摘は鋭い。
韓国が抱える課題は強大な大統領権限を見直す憲法改正にある。だが、大統領選真っただ中で改憲論議は埋没している。今回は「保守候補不在」の中で、左派が政権奪還するだろうと見られているが、選挙後、新政権が自らの権限を削る改革に取り組めるとは思われない。
「朴槿恵ゲート」を単なる権力腐敗事件と捉えるだけでは韓国の現状は変わらない。「政治体制の矛盾が幾重にも積もって発生した重層的事件」であり、「韓国社会の根本的変化を要求」するものとの孫教授の主張がどれほど韓国民に届くのか、隣国ながら注目せざるを得ない。
編集委員 岩崎 哲