韓国大統領選へ実績作り? 国連総長訪朝めぐり諸説紛々
潘基文国連事務総長が訪朝のため北朝鮮と協議中であることが明らかになった。実現すれば国連事務総長としては22年ぶり。今この時期になぜ訪朝するのか、訪朝したら最高指導者・金正恩第1書記との会談は実現するのかなど観測、臆測が入り乱れている。(ソウル・上田勇実)
避けて通れぬ「核」「人権」
「ノーベル平和賞」先走る観測
韓国通信社・聯合ニュースの報道をきっかけに潘氏訪朝の可能性が取り沙汰されている。国連事務総長報道官は「韓半島の平和と安定」に向け「現在協議中」であると明らかにした。訪朝が実現すれば当然、最高指導者の金正恩第1書記との会談が成就するかに大きな関心が集まる。
潘氏訪朝は今年5月にも推進されたが、直前に北朝鮮側が一方的に取り消しを通告してきた。今回、報道後も日程など詳細を発表しないのは前回の轍を踏まないため慎重になっているためとみられる。訪朝はいつか、本当に実現するのか依然として不透明だ。
韓国では自国民の潘氏が訪朝すれば南北関係が改善に向かうのではないかとする期待が高まっているが、国連を背負って訪朝するため、核開発と人権蹂躙(じゅうりん)は避けて通れない。「世界平和具現の先頭に立つべき国連のトップとして核問題で北朝鮮から新しい態度を引き出す」(韓国紙)のが最優先課題だ。
国連はこれまで、1993年に北朝鮮が核拡散防止条約(NPT)脱退を宣言したことに対し、その再考を促す安保理決議を採択したのを皮切りに、3回の核実験と長距離弾道ミサイル発射に対し、非難・制裁の安保理決議案を採択してきた。
政治犯収容所をはじめ広範囲に及ぶ人権蹂躙の実態に対しても、改善を求める国連人権決議案が何度も採択され、先週は人権問題で関連者(金第1書記)訴追のため国際刑事裁判所(ICC)に回付することが採択されたばかりだ。
だが、核も人権も一向に改善に向かわず、結果的に北朝鮮問題をめぐる国連の力に限界があることも露呈してしまった。そのような中で潘氏が訪朝すれば、これらの問題にどう決着を付けるのかが問われるわけだ。
潘氏訪朝には幾つか疑惑の目が向けられている。まず、なぜ今この時期なのか。パリ同時テロやロシア旅客機墜落など「イスラム国」(IS)の仕業とみられるテロが世界を震撼(しんかん)させ、南シナ海では米中の対立が浮き彫りになっている。早急に取り組むべき課題よりも北朝鮮問題を優先させる理由は何なのか。
それを理解する一つの見方が、来年の任期終了後に韓国大統領選に立候補するというものだ。訪朝は大統領選への布石で、南北関係で実績を作ってそれを弾みにするという自身の政治的打算に基づくものなのではないのか。
潘氏は国連事務総長という立場を離れ、しばしば自分の政治的信条に基づくような言動に出て物議を醸してきたことでも知られる。日本との関係で歴史認識をめぐり強硬な発言をしたり、今年9月には中国での抗日戦勝70周年記念式典の軍事パレードに参加して西側諸国を驚かせた。菅義偉官房長官が「中立であるべき」と指摘すると、「国連は中立ではなく、公平・不偏である」と応じ、特定の政治的立場に立つことを意に介さなかった。
そもそも潘氏のリーダーシップに疑問を呈する声は少なくなかった。「存在感が薄い」「歴代最低の国連事務総長」という酷評すら聞かれた。
潘氏は南東部の慶尚道と南西部の全羅道とによる保革の地域対立が根強い韓国の大統領選で常にキャスチングボートを握ってきた中部の忠清道出身で、外交官一筋にキャリアを積んだ。保守系の金泳三政権時に青瓦台(大統領府)の秘書官となったかと思えば、対北融和路線の盧武鉉政権時には外交通商相を務めて北朝鮮核問題の対応に当たった。どのような状況、環境下でも最大限に欠点を減らす優等生型であり、調整型の人物だ。
しかし、韓国で潘氏は立志伝中の人物。「潘氏が訪朝して北朝鮮の核問題や南北関係で大きな成果を収めればノーベル平和賞を受賞するとも限らない」という先走った観測もあり、訪朝が実現すればそれ自体が過大評価される可能性がある。
訪朝実現となれば、北朝鮮がそれを受け入れた狙いも気になるところだ。国際社会での孤立無援状態を打開、あるいは国内向け宣伝に利用する、などが考えられる。結局、潘氏も金第1書記も各自の政治的打算で利害一致するということになるや…。