清算される「486」世代 通用しないアマチュア政治
左派運動を経て思想活動
韓国で「386世代」あるいは「486世代」と呼ばれ、学生時代に左派民主化運動に身を投じた世代は、いまでは社会の各層各分野で活躍する中心世代となっている。
政界も例外ではない。約150人の486世代がいる。彼らの左派性向からほとんど野党所属と考えられるが、現実は「政界の与野党にあまねく散らばっている」のが実情だ。つまり、保守政治家になっているわけで、学生時代の主張からすればずいぶんと路線が違って見える。
その彼らがいま、政界の中心勢力となっているのかといえば、現実は逆だ。むしろ「清算対象」として議論されているというのである。この世代の“現住所”について、「月刊中央」(7月号)の記事「道に迷った486政治の自画像」が解説している。
「386」と「486」とは同じ世代を指している。「60年代生まれで、80年代に大学生として過ごし、現在30代(40代)の世代」という意味だ。これ式でいえば10年過ぎるごとに「586世代」「686世代」と呼ばれることになるが、記事を読むと、そうした括(くく)りが今後も続くかどうかは不透明だ。
80年代と言えば、朴正煕(パクチョンヒ)大統領が銃弾に倒れ(1979年)、粛軍クーデター(同年12月)で全斗煥(チョンドゥファン)将軍が実権を握り、光州事件(80年5月)、全斗煥政権が誕生(同年9月)で幕を開けた。
北朝鮮によるアウンサウン廟爆破テロ事件(83年)、大韓航空機爆破事件(87年)など北の対南工作も活発化した時期で、国内では大学生を中心に「民主化」運動が勢いを増していた。
特に「運動圏」と言われる核心活動家の中には秘密裡(り)に北朝鮮に渡り、テロ工作、破壊工作の訓練を受けて来た者もいる。そうでなくても思想的に金日成(キムイルソン)の「主体思想」に影響を受け、在韓米軍撤退、国家保安法廃止などを訴えて、政権を揺さぶった。
運動圏の学生たちは、卒業後、労働運動、農村、教育現場などで思想活動を続ける者がいる一方で、経済界、政界に入り込み、思想的影響を行使しようとするメンバーもいた。彼らは1998年からの金大中(キムデジュン)、盧武鉉(ノムヒョン)左派政権の“蚕室”で育ち、社会の中枢世代へと成長した。2013年、統合進歩党の李石基(イソッキ)議員が内乱陰謀罪で逮捕されたことは、逆に彼らの社会浸透の成果を見せている。
しかし、記事を読むと、486世代の政界での“活躍”はかなり限定的なものだったようだ。彼等に政界から誘いがかかった理由について、同誌は「選挙の興業的要素という点も考慮された」と指摘している。つまり、「民主化闘士」という肩書や、組織化や運動に長(た)けていた点などが、既成政治家から見れば重宝だったわけだ。保守政界とすれば、「新しい血」を入れることでイメージ活性化も図れた。
一方、左派にしてみれば、そうした態度は「民主化運動の経歴を売りとばした」「保守政界に投降した」と見られると同誌は伝える。実際、彼らは「政権勢力の枠組みの中に安住しながら」組織活動の上手さが買われ、派閥の領袖(りょうしゅう)にいいように使われてしまったようだ。「下請け政治、派閥政治の実行者」に落ちぶれたというわけだ。
そんな状態だから、根からの進歩陣営だけでなく保守陣営でも来年の総選挙での「486総入れ替え論」が出されているという。
もう一つ重要なのは486世代が「国際政治の厳重さを理解できなかった」点だ。力が支配する外交で、「道徳と倫理が適用されると勘違いした」と同誌はいう。対日外交で、安保的視点よりも歴史問題を取り出して道徳的優位を確保しようとする姿勢などは、彼らの「アマチュアリズム」から出てきていたという説明は、妙に納得させられる。
486世代が来年の総選挙で消えていくのかどうか注目である。
編集委員 岩崎 哲