韓国で歴史教科書めぐり保革対立
分厚い「従北」学界の壁
執筆陣の多数占める
左翼史観が色濃く反映されているとの指摘がある韓国の高等学校歴史教科書をめぐり、これを修正させようとする政府・保守派と執筆側の革新系 教育関係者との確執が表面化している。以前から北朝鮮の武力挑発をオブラートで包むような記述が物議を醸してきたが、既存執筆陣はかたくなに抵抗 している。(ソウル・上田勇実)
教育省の記述修正命令をソウル行政裁判所は支持
検定やめ国定復活か
ソウル行政裁判所は先週、8種ある高等学校教科書「韓国史」のうち6種の執筆陣が教育省を相手取って起こしていた修正命令取り消し訴訟で、 原告敗訴を言い渡した。教育省は一昨年、保守派執筆陣による歴史教科書を出した教学社を除く7社の出版社に対し、北朝鮮の武力挑発をあたかも容認するかのごとき記述などを修正するよう求めていた。
修正を求めていた箇所は、例えば1950年に勃発した韓国動乱で米軍による民間人虐殺があったことには言及しながら、北朝鮮による民間人虐殺の事実には触れていないこと、北朝鮮の「主体思想」や社会主義経済について北朝鮮の主張をそのまま紹介した部分などがある。
また先日、事件から丸5年がたち、政府主催で追悼式が行われた韓国哨戒艦「天安」の撃沈についても修正するよう求めていた。ある教科書には「金剛山観光の中断、『天安』事件、延坪島砲撃事件などが発生し、南北関係がぎくしゃくした」とだけ記述されていたため、教育省はこれらの問題や事件が誰によってもたらされたかを明確にさせるため、「北朝鮮」という主語を明示するよう求めていた。
韓国では長く教科書左傾化が続いてきた。与党セヌリ党の韓善教議員によると、これらの教科書の執筆陣には「政治的に特定の傾向を帯びた人が多い」といい、彼らの多くは歴史問題研究所、民族問題研究所、全国教職員労働組合(全教組)などに所属していたり、その影響を受けてきたと いう。
歴史研は、親北朝鮮系雑誌『民族21』の編集に深く関わり、金大中元大統領が推し進めた対北包容政策の支持者として知られる姜萬吉・高麗大学名誉教授が顧問を務める。姜氏は韓国の国家保安法廃止や在韓米軍撤収などを主張する「韓国学界の北スポークスマン」的存在だ。
またこの研究所に関わった人物の一人には姜禎求・東国大学教授もいる。2001年の訪朝時、革命の聖地と宣伝されている万景台を見学した際の芳名録に「万景台精神を引き継いで統一を達成しよう」と書いたことが分かり、国家保安法違反で逮捕されたり、韓国動乱について「米軍参戦で統一が失敗した」などと論評した経歴の持ち主だ。
民族研も歴史研同様、北朝鮮に融和的なスタンスで知られる。顧問弁護士の中には昨年末、“従北”疑惑で憲法裁から解散命令を出された統合進歩党の李正姫元代表がいる。全教組は親北反米の理念教育を現場に巧妙に刷り込むことで有名な団体だ。
教科書執筆陣が革新系学者たちによって「占領」され、そうした人物によって書かれた教科書の記述を鵜呑(うの)みにした生徒は、北朝鮮の実態を正確に把握できず、北朝鮮の武力挑発に対しても誤った認識を持つ恐れがある。今なお軍事境界線を挟んで北朝鮮と休戦状態にあり、兵役義務がある国としてはまさに「由々しき事態」である。
こうした状況を憂い、「教科書の正常化」を目指した保守派の巻き返しがあった。13年に保守系執筆陣がまとめた教学社の「韓国史」が教科書検定に合格したのはその一例だ。
ところが、この教科書は既存の革新系学者らから逆に「右傾化教科書」との批判を受けるようになり、同社や同社教科書を採択しようとした学校は連日のごとく脅迫まがいの電話や嫌がらせを受けた。結局、ほとんどの学校が他社の教科書を使用せざるを得なくなり、今年も採択率は1%未満 にとどまっている。
黄祐呂・教育相は今年初め、放送社記者クラブの討論会で「学生たちの採点をしなければならない教室で歴史は一つ(の趣旨)でバランスよく、権威をもって教えるのが国家の責任」と語り、現在の検定制度を見直して昔の国定教科書に戻ることを示唆した。
これは保守政権による「左傾化教科書」の一掃とも受け止められ、革新陣営の反発を招いている。革新系日刊紙の京郷新聞はこの発言について「軍国主義や全体主義の国の発想。教科書記述を歪曲(わいきょく)する日本でさえ国定にしようという議論はない」とする、ある歴史学者の寄稿文を掲載。また、ある革新系市民団体は「維新独裁(朴正煕政権)下の国定教科書に戻ること以外の何ものでもない」と指摘した。
韓国は朴槿恵大統領の号令で2017年の大学入試から「韓国史」が必須の受験科目になるが、「左傾化」教科書を守ろうという勢力とこれを是正しようという勢力との対立が解消されるメドはまだ立っていない。