韓国で“従北”トークショー騒動、世論二分の裏に北の影
親北朝鮮派の在米韓国人女性が韓国で北朝鮮の体制などを支持するトークショーに出演し、波紋が広がっている。韓国では北に追従して内乱陰謀を企てた疑惑が浮上した極左政党・統合進歩党に対し、司法当局が解散命令を下したばかり。相次ぐ“従北”問題は北朝鮮の工作に揺さぶられる韓国の実態を浮き彫りにした形となっている。(ソウル・上田勇実)
在米親北派女性が強制退去
背景に「3大革命路線」 海外の韓国人通じ工作
韓国メディアによると、在米韓国人女性のシン・ウンミ氏(54)は昨年11月、親北団体・希望政治研究フォーラムの黄ソン代表(41)が韓国国内数カ所で主催したトークショーに出演した。検察当局は北朝鮮の3代世襲や独裁体制を美化する発言をしたとして国家保安法違反容疑でシン氏を捜査。シン氏は起訴猶予処分となり、今月10日に強制退去命令を受け、米国行きの飛行機に搭乗し出国した。
また黄代表も14日、同じく国家保安法違反の容疑で逮捕された。黄代表は先月、憲法裁判所が解散命令を下した統合進歩党の前身、民主労働党の元副スポークスマンだ。
シン氏は数年前、韓国国内で行った講演の中で、自分が韓国南東部・大邱の出身で保守的な家庭に生まれたこと、ご多分に漏れず反共教育を受け、北朝鮮に対し漠然と疎遠な感情を抱いていたことなどを紹介している。2011年に初めて北朝鮮を訪問し、北朝鮮の国民と直(じか)に接する中で「北の住民は愛すべき同胞だ」と悟ったといい、その後、数回にわたって訪朝している。
北朝鮮に旅行した際の体験や現場で撮った写真を左派系メディアのオーマイニュースに連載したこともある。その記事には独裁体制への批判はなく、代わりに金正恩政権を評価したり、北朝鮮指導層と一般住民との間には結束力があるため革命は起こり得ないなどの主張が記されているという。
シン氏は政治とは無縁な一般人だが、逆に感傷的な親北朝鮮派に“変身”することで北朝鮮による対南(韓国)工作には鈍感な面もあった可能性がある。また梨花女子大声楽科卒で歌の公演ができるシン氏のような女性は、北朝鮮のイメージ改善に一役買う“伝道師”でもある。
北朝鮮は1960年代に金日成主席が発表した「3大革命力量強化路線」の中の三つ目として「国際社会主義革命力量強化路線」を掲げ、海外に居住する親北朝鮮派韓国人の力を結集させるよう呼び掛けている。これはつまり韓半島共産化に向け日本や米国、中国をはじめ海外に住む韓国系に貢献してもらうという戦略で、現在も踏襲されているとみられる。
70年代のカーター政権下で北朝鮮旅行制限が解除されて以降、在米韓国人に対する訪朝招請が許可されるようになり、北朝鮮による在米韓国人社会への工作が始まった。その後、親北朝鮮派の在米韓国人は勢力を拡大し、昨年9月の朴槿恵大統領訪米では在ニューヨーク韓国総領事館や国連本部周辺で朴大統領を非難するデモを展開し、話題にもなった。
今回の“従北”トークショー騒動をめぐり例によって国内世論は保革双方で対立している。保守派からは「直接的、間接的に北朝鮮の指示を受ける団体と活動を選別し、法の審判を受けさせなければならない」という断固審判論が出ている一方、左派は「表現の自由が萎縮し、多様性の包容という自由民主主義の核心価値が後退する憂慮がある」という擁護論だ。
在米韓国人社会も今回の事態で対立。シン氏が強制退去で帰国したロサンゼルス空港では歓迎・反対のプラカードが乱立し、シン氏に手渡された花束を奪おうとして両陣営が小競り合いになる一幕もあったという。
問題の“従北”トークショーには親北派で新政治民主連合の林秀卿議員が参加し、物議を醸している。保守系団体から国家保安法違反容疑で告発されたが、検察は調査結果、容疑なしの結論を下した。
林議員は韓国で左翼学生運動が全盛だった89年、全国大学生代表者協議会の代表として訪朝し、金日成主席と面談。「統一の花」と持ち上げられたが、帰国後、国家保安法違反で逮捕された。12年の総選挙で国会議員に初当選している。
韓国捜査当局は、北朝鮮の指令を受けて国内の“従北”勢力と海外親北派が連携する動きについても神経をとがらせている。