フランスの治安対策強化実るか

支持率低下への歯止め狙う左派政権

統一地方選の争点の一つ

 大都市郊外の治安が一向に改善しないフランスで、治安対策は失業問題と並び、3月に予定される統一地方選挙、5月の欧州議会選挙の争点の一つとなっている。政府は、治安対策への強固な取り組みを国民に印象付けようとしているが、治安対策で信頼の高い右派の台頭とは逆に、歴代最低を記録する現左派政権への支持は下がる一方だ。
(パリ・安倍雅信)

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押収されたコカインを前に記者団に説明するバルス仏内相=昨年9月21日、パリ郊外ナンテール(AFP=時事)

 仏内務省は昨年12月、治安優先地区(ZSP)に16の新たな地区を指定した。ZSPとは、オランド新政権が発足した2012年に犯罪発生率の高い地区を治安対策優先地区として指定し、警官の増員、監視カメラの増設を優先的に行うことを定めた地区だ。

 12年当初は22地区が指定されたが、指定された地区は、他の地区に比べ、犯罪発生率が高く、特に窃盗および強盗、性犯罪および恐喝を含む対人暴力、麻薬関連の犯罪、不良グループ同士の衝突、暴動などが起きやすいことが選定の根拠とされた。昨年12月までに80地区がZSPに指定された。

 仏内務省によれば、12月に追加された16地区は犯罪件数だけでなく、特に麻薬密売が盛んな地区を重点的に増やしたとされ、これまで偏っているとされたフランス北部や南部だけでなく、パリ周辺や東部、西部にも範囲を広げたとしている。

 特に新たに指定された地区にはブルターニュ地域圏レンヌ南部地区、ロワレ県オルレアン中心部のラルゴン地区、フランス第2の都市リヨンの8区、パリ20区、パリ郊外のイヴリンヌ県トルシーのトラップとデタルミネ地区などが含まれている。

 これらの地区の多くは、北アフリカ系移民の貧困層が住み、学校をドロップアウトした移民2世、3世の若者らが窃盗や放火、暴力事件を繰り返している場合が多い。また、複数のギャング・グループが麻薬の密売を行っており、グループ同士の衝突による殺害事件などが頻発している地区だ。

 今年に入り、1月3日夜、南仏マルセイユの14区で38歳の男性が何者かに襲撃され、病院に搬送され、重体になっている。被害者は麻薬密売で知られた男で、当局は犯罪組織の対立から襲われたとみて捜査を進めている。同地区もZSPに指定された地区だった。

 南仏を中心に発行されている日刊紙ラ・プロヴァンスは、事件のあった地区の住民の話として「安心して住める地区にしてほしい」と述べている。マルセイユ市のあるブッシュ=ドローヌ県では昨年1年間に同様な事件で32人が命を落とし、うち17人は今回事件が起きた地区で殺害されている。

 内務省がZSPを増やしたのは、現政府が国民に対して治安への強固な意思を表明し、安心感を与える目的があるとみられている。フランスでは今年3月に6年に1回行われる統一地方選挙が行われる。治安対策はフランス国民にとって関心の高いテーマだ。

 特に昨年来、オランド仏左派政権の支持率低下に反比例して、右派・国民戦線(FN)などの右派勢力への国民の期待感が高まっており、現政権は危機感を募らせている。統一地方選挙で右派が多数派を占める自治体が増えれば、政権運営に大きな痛手となる。

 そのため政府は、治安対策強化に力を入れることで、治安悪化に不安を覚える住民への支持基盤を拡大しようとの狙いがあるとみられている。だが、左派政権は治安対策に弱腰とのイメージが強く、特に人道的見地から軽犯罪を繰り返す北アフリカ系移民2世や3世への対応は十分でないとの声も少なくない。

 実際、02年まで政権運営していた左派のジョスパン首相政権下で、犯罪発生率は戦後最悪を記録した。当時、政権は警察官と住民対話を促進しようとしたが、逆に警官の権限が制限されたことを知る不良化した若者たちによる軽犯罪は急上昇し、同年の大統領選挙でジョスパン氏は、FNのルペン候補に第1回投票で敗れる事態となった。

 そのため、左派政権にとって治安対策は、政権基盤を脅かすテーマの一つだ。ただ、シラク中道右派政権下の05年、北アフリカ系移民の若者による大規模な暴動が全国に広がったことから、中道右派の治安対策も失墜している。

 専門家たちは、移民の同化政策、特に教育機関での同化教育が十分でないことや、高い失業率が長期にわたり続いているしわ寄せが移民系の若者に集中していることを指摘している。実際、義務教育課程での移民系生徒に対する取り組みは課題が多い。

 同問題で本紙の取材に答えてくれたパリ南郊ヴィル・ジュイフの低家賃住宅に住むチュニジア系移民家庭の中学生、アミナさん(13)は、公立中学に通っているが「これまで学校で授業についていけなくても、学習サポートを受けたことはない」と話している。

 アミナさんの両親は、チュニジアから1970年代にフランスに移民し、96年にフランスで結婚した。だが両親はチュニジアで十分な教育を受けていなかったために、フランスの学校に通う子供の勉強をサポートすることは難しいという。

 アミナさんは「多くのアラブ系の友達が同じ境遇にあるけど、学校では面倒を見てくれないので、中には落第を繰り返し、落ちこぼれて路上で麻薬を売っている先輩もいる」と語っている。

 また、移民系住民は白人フランス人の2倍以上の失業率で、雇用問題の改善がないと彼らの社会への不満を静めることは困難だ。さらには学校でイスラム教女性のスカーフ着用が禁止されていることへの反発もある。昨年12月には政府の教育諮問委員会が移民の同化に関し、スカーフ着用を認めるべきだとの答申を出したばかりだ。

 今年5月には欧州議会選挙も行われるため、左派勢力は巻き返しに必死だが、治安対策で得点を挙げ、雇用の改善で結果を出せなければ、左派の衰退に歯止めを掛けることは困難な状況とみられている。