問われるEU改革の前途
ユーロ危機処理から統合化問題へ
過去3年余りユーロ危機対策に追われてきた欧州連合(EU)は来年、EU改革の正念場を迎えることになる。統合化と加盟国主権をめぐる課題が山積しており、来年5月の欧州議会議員選挙の結果次第では将来の方向性が大きく左右されることになる。
(ロンドン・行天慎二)
独連立政権への期待疑問
英国の離脱論議に真剣さ
EUは過去3年余り、ギリシャの財政危機に端を発した欧州債務危機をめぐって、財政破綻国への財政・金融支援とユーロ圏の銀行・金融システム対策にフォーカスしてきた。しかし同時に、統合化プロセスの中でEU機構と加盟国との軋轢(あつれき)が目立ってきており、EU改革の行方が再度問われている。
19、20日に開催されたEU首脳会議では、共通安全保障・防衛政策、経済・金融同盟、成長・雇用問題、移民対策と域内移動問題などが議題となったが、加盟各国の防衛協力問題は5年ぶりのテーマ。来年1月のセルビア加盟交渉の開始、東欧に接するウクライナ、モルドバとの経済関係強化など、拡大問題も協議された。ユーロ危機問題への対応は一段落したような感じだ。
この首脳会議に先立って18日行われた財務相理事会は、ユーロ圏諸国の銀行の破綻処理を一元化することで合意し、「銀行同盟」が実現する見通しになった。15日にはEUや国際通貨基金(IMF)から金融支援を受けているユーロ加盟国の中でアイルランドが初めて支援体制から脱却。財政・金融支援と金融統合化を進めることで、EUはユーロ危機を何とか切り抜けつつある。今後は経済成長に向けたEUの経済改革、統合化の在り方などEUの将来を決定する課題に再度取り組まなければならない。
カギを握るのはEUの経済大国であるドイツ。17日に連立政権がスタートしたが、3期目のメルケル首相は18日、独連邦議会でEU政策を最重要課題にすると述べた。欧州委員会に金融統合化の履行を働き掛けていく中で、EU条約の改訂も必要だとの見解を示した。同首相は金融・財政面でのEU統合化を推進する方針だが、国内政策では再生エネルギー転換へのコスト負担、連立相手の社会民主党(SPD)が主張する最低賃金保証、雇用拡大などを受け入れて、緊縮財政から財政拡張へと転換せざるを得ない状況にある。
またSPDとの連立協定では、EU統合とユーロを支援する一般論が述べられているものの、EU条約改訂や財政・政治統合などに関した具体的なEU改革論は何ら言及されておらず、独連立政権が統合化プロセスにどこまでコミットするつもりなのか不明だ。メルケル首相は個別的議題に関してはEU機構よりも政府間交渉で実際的な協議をするともみられている。
他方、ユーロ圏外の英国はこれまで以上の経済統合化に反対しているが、EU条約が認める単一市場域内でのヒトの移動の自由に関しても制限を主張している。来年1月1日から新規加盟国ルーマニアとブルガリアの両国民への労働許可制限措置が解除されて大量の移民が流入してくると警戒しており、EU移民数の制限と社会給付制度の見直しを表明している。今回の首脳会議でもキャメロン首相がEU内移民問題への共同対策を呼び掛けた。
英国では、移民問題の他に企業活動の規制、人権法の過度の適用など、EU機構による加盟国主権の侵害が槍玉(やりだま)に挙げられており、EU離脱問題が真剣に論議されている。キャメロン首相は2017年末までにEU離脱を問う国民投票を実施すると公約しているが、今月初めの世論調査では加盟条件変更の再交渉がない限り、離脱賛成が45%で反対の32%を上回っている。
EUは来年5月に5年ごとの欧州議会議員選挙があり、その後10月に新たな欧州委員会の体制が決まることになっている。この選挙結果によってEUの将来は大きく左右されることになる。加盟各国では緊縮政策、高失業率、社会生活上の規制強化などに抗議する欧州懐疑派や右派・国家主義者が大衆の支持を集めており、5月の選挙では確実に伸張すると予想されている。一方、統合推進派の社会民主党グループや緑の党など左派系勢力は後退する可能性が高いとみられている。
ユーロ危機以降、EUの求心力は弱まっており加盟各国の有権者によるEU支持率は低下している。しかし、EUがグローバル経済の中で生き抜くためにはEU統合化は避けられない運命だ。英王立国際問題研究所のパオラ・スバッチ氏は「現在の経済金融危機にもかかわらず、EUの統合モデルは特に小国にとってはたとえ主権の一部譲渡の犠牲を払っても魅力的である。グローバル市場は、今日の世界秩序の中で領土境界区分というウェストファリア条約システムに取って代わるようになっている」と指摘している。
EUは求心力を失っている今こそ内部改革を進めなければならない状況に置かれている。欧州理事会、欧州委員会、欧州議会などのEU機構は、加盟各国の有権者から信任を得るために官僚主義的な画一的行政を避け、加盟各国の事情を尊重した民主的で柔軟な政策運営を実行する必要がある。