揺れだした共通の価値観 分裂の危機に瀕するEU

難民殺到で加盟国に亀裂

 欧州連合(EU)は創設以来、紆余(うよ)曲折を経ながらも拡大してきた。創設当初6カ国時代から現在28カ国に拡大し、加盟を希望する候補国はブリュッセルのEU本部前で列をなしている。ところが、北アフリカ・中東から100万人を超える難民、移民が昨年、欧州に殺到し、その対応で加盟国間で亀裂が生じてからは、EUは深刻な分裂の危機に直面しているのだ。EUが誇る民主主義、自由と法の平等などの共通の価値観が揺れだしたのだ。(ウィーン・小川 敏)

東欧から不満の声根強く

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4日、スウェーデン国境に近いデンマークのカストルプ駅で始まった身分証検査(AFP=時事)

 EU拡大のハイライトは旧ソ連・東欧諸国が冷戦終了後、次々と加盟したことだろう。東西に分裂していた冷戦が幕を閉じることで、EUは欧州大陸で唯一の政治・経済機構となった。その潮流は欧州全土にとどまらず、中東のトルコまでEU加盟国の称号を得ようと躍起となってきた。ここまでは順調だったが、昨年からその潮流は逆流する兆しが見えだしたのだ。

 EUに昨年、北アフリカ・中東諸国から100万人を超える難民・移民が殺到してきた。彼らは個人レベルだが、EU国民となることを目指してきた人々だ。問題は難民・移民の数があまりにも多く、収容問題でEU加盟国内で対立が表面化してきたことだ。

 EUの盟主ドイツのメルケル首相はダブリン条項を一時停止し、シリアなど紛争地からの難民を積極的に受け入れると表明したまでは良かったが、難民を実際受け入れる加盟国はドイツ、オーストリア、スウェーデンなど5カ国余りで、他の加盟国は受け入れ拒否、ないしは難民入国の阻止のため国境線に鉄条網を設置するありさまだ。EU加盟国内の連帯感は文字通り、消滅の危機に瀕(ひん)しているのだ。

 ブリュッセルで昨年開催された内相理事会で16万人の難民の分担が決定され、各加盟国が一定の難民を引き受けることになった時、チェコやスロバキアは早速、抗議した。スロバキアの首相はここにきて「わが国はイスラム教徒の難民は引き受けられない」とはっきりと拒否。ポーランドもそれに続いた。

 独ケルン駅周辺で昨年大晦日(みそか)、外国人らしき男性による集団婦女暴行事件が発生した。容疑者の中に多数の難民申請者がいたことが判明すると、多くの難民を引き受けてきたドイツを含め、難民引き受けを拒否する声が欧州全土で一層高まってきたのだ。メルケル首相も自身の「難民歓迎政策」を修正し、国境線での管理強化、難民申請者の犯罪に対する刑罰強化などを打ち出さざるを得なくなった。

 そのような時、ハンガリーのオルバン首相は、「EUは経済機構にとどまるべきだ。それ以外は主権国家の政府と議会が決定すべきだ」と提案する。それだけではない。「EUは共通の価値観の集団でもなく、政治機構でもない」と言いだしたのだ。

 共通の価値観まで削除し、単なる経済機構となれば、EUの歴史は逆流する、EU創設当初はあくまで経済的共同体だった。冷戦後は、民主主義、自由、平等と法の支配を擁護する、といった共同価値観が強調されてきた。すなわち、金だけの集団ではなく、明確な価値観、世界観に裏付けられた機構と自負してきた。そのEUが再び「分裂」に直面しているわけだ。

 右派政党「法と正義」(PiS)が主導するポーランドのシドゥウォ新政権は憲法裁判所改革、メディア法の改正など実行し、政権への権力集中を目指している。オルバン首相はポーランドの右派政権と連携を図り、チェコ、スロバキアなどを加えた東EUの創設を夢見てきている。経済機構としてのEUの利点は享受するが、それ以外は主権国家の権限で政策を決定していくという一見、利己的な改革案だ。

 財政危機、難民危機などを体験したEU加盟国には現在、ブリュッセル主導のEU運営に強い不満の声がある。表面上はキャメロン英首相のEU機構改革と同列だが、ハンガリー、ポーランド、チェコ、スロバキアなど東欧加盟国からは「EU支配から脱皮して主権国家へ回帰」現象すら見えだしたのだ。

 共通の価値観を失った統合はいつでも分裂する危険性を内包している。その分裂のプロセスで欧州が再び戦場に戻る危険性も完全には排除できなくなる。ひょっとしたら、EUの東西分裂はロシアのプーチン大統領のユーラシア連合構想に現実味を与えることになるかもしれないのだ。