EU、大量難民流入に恐々

加盟国に難民振り分けへ

 地中海に面したイタリアやギリシャに漂着する難民密航船の急増を受け、欧州連合(EU)は初となるEU条約の緊急対応メカニズムを発動する構えだ。欧州委員会は亡命難民の移動を加盟国に割り当てる方針を固めているが、受け入れに難色を示す国も出てくる可能性がある。今や難民問題は、EUの主要テーマの一つになりつつある。(パリ・安部雅信)

テロリスト阻止も課題

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5月3日、木製のボートに乗り地中海経由の渡航を試みる不法移民(AFP=時事)

 EUの執行機関・欧州委員会は先月27日、地中海を渡ってイタリアとギリシャに今後2年の間に漂着するアフリカ北東部のエリトリア人とシリア人難民(最大4万人)をEUの他の加盟国に振り分け、移動させる方針を決め、EU全体での対処を本格化させる構えだ。

 昨年来増え続ける地中海からの難民の事故が多発しており、今年に入り2000人近くが溺死しており、人道的観点からも対策が急がれている。昨年、北アフリカ・リビアから密航船で地中海を渡ってイタリアとマルタ島に到着した不法越境件数は17万件を超え、イタリアは前年度比227%増、ギリシャは153%増と驚異的増加となった。

 ギリシャには陸路だけでなく、エーゲ海の対岸にも位置するトルコからのシリア難民の流入が止まらない。シリア難民はイタリアにも漂着しており、昨年12月末には、シリア難民700人以上を乗船させた廃棄寸前の大型貨物船がアドリア海を船長不在の自動操縦状態でイタリア東海岸の岸壁に突進してきて、危うく岩礁に衝突するところだった。

 EUはこれまでイラク戦争など、さまざまな紛争時に難民が押し寄せたが、EU全体で昨年は前年度比60%増と難民流入は過去最大規模となった。イタリアやギリシャは経済的負担を含め、悲鳴を上げている。昨年来、イタリア政府は「この問題はEU全体として取り組む問題だ」としてEUに対して早急な対処を要求してきた。

 加えて、流入する難民の中にイスラム過激派組織、「イスラム国」などが送り込むテロリストが含まれていることが判明、EU内でのテロ実行が懸念され、水際でのテロリスト流入阻止も新たな課題として浮上している。

 欧州委員会は今回、イタリアから2万4000人、ギリシャから1万6000人の合計4万人の難民移動を提案している。EUへの難民の亡命申請で認定率(昨年は75%)が最も高いシリア国籍者とエリトリア国籍者を優先的に移動させる方針だ。亡命認定は早ければ6月末に完了させたいとしている。

 移動先の国の割り当て基準としては、受け入れ国の人口規模、国内総生産(GDP)をそれぞれ全体の4割ずつ考慮し、その他失業率、過去5年間に受け入れた難民申請件数や提供した住宅件数が考慮されるとしている。ただ、南欧のフランス、スペイン、さらにドイツは受け入れに積極的なのに対して東欧加盟国は消極的で調整に難航も予想される。

 これまでの難民受け入れでは、ドイツが最も多く、スウェーデンがそれに続く。さらにフランスやスペイン、オランダも受け入れに積極的に協力してきた。ただ、英国、アイルランド、デンマークの3カ国は、EUとの特別取り決めによって共通亡命政策から免除されているので移動先とはならないが、他の加盟国からの批判も強まっている。

 欧州委員会は、今後も不法越境者は過去にない規模で流入するとの見方を示しており、特にイタリアとギリシャの状況は深刻化するとみている。ただ、4万人という数値目標は、昨年イタリアとギリシャに不法越境した人数の4割程度にとどまっており、他の不法移民の受け入れについては、さらなる具体策を必要としている。

 ユンケル欧州委員長は13日に公開した動画の中で「われわれは一段と強固な連帯を示さねばならない」「亡命を求め、その資格がある亡命難民に対しては、相互扶助の精神に基づき、公平で受け入れを容易にする割り当て枠制度を導入する」との方針を表明している。ただ、どの国にどのように割り当て、どの程度の期間実施するかは明確になっていない。

 今回の亡命難民移動計画には2億4000万ユーロ(約330億円)のEU特別予算が支出されることが見込まれ、難民移動を受け入れた国は、難民1人につき一括6000ユーロを受け取るとされる。

 一方、流入阻止に対する対策も動きだしている。リビアで密航船に乗る難民らは、内戦状態にあるリビア国内や周辺諸国で活動する部族や民兵などの武装集団が関与する密航仲介業者(運び屋)に手数料(1000ユーロ=約13万円)を支払っている。その収入が部族や武装集団の資金源になっている。そのため民兵組織などの解体や密航船の破壊のためにEUは軍事行動を取る方針を固めている。

 これに対して国連の潘基文事務総長は、EUが密航仲介業者の船を破壊する軍事作戦を検討していることについて懸念を表明している。実際、密航船を見分け、難民が乗船しているかどうかを判断することは難しく、他国の海域での軍事行動は容易ではないとみられている。

 一方、イタリアやギリシャから流入する難民の中に、イスラム過激派のテロリストが紛れ込んでいる問題も深刻だ。身元確認が難しい難民の中からテロリストを探すのは極めて困難なだけでなく、いったん域内に入れてしまえば行動を監視することも難しい。

 リビア経由にしろ、トルコ経由にしろ、イスラム聖戦主義に感化されたり、戦闘地域での訓練を受けたりした人物が流入している可能性は極めて高いとみられている。欧州内には彼らを受け入れる過激派組織「イスラム国」のネットワークがあり、域内でのテロ計画に参加する可能性も高い。

 EUは、過去最大規模の難民流入を前にして、難民受け入れ政策のみならず、移民政策でも加盟国で異なった考えがあり、英国などはEUの移民政策そのものの改革を迫っている。今後、加盟各国で移民排斥を主張する極右政党の台頭も予想され、試練が続きそうだ。