人道配慮か治安重視か 少女強制送還で論議過熱

仏左派政権、ロマ犯罪急増に苦慮

 フランスの治安を脅かす非定住移動民族、ロマの存在にオランド仏政権が苦慮している。サルコジ前政権との違いを示すため、人道政策を前面に出していた現左派政権だが、国民の不安は高まる一方だ。政権内でも同問題をめぐり、バルス内相と他の閣僚の対立が表面化し、政権を揺るがす事態になっている。

(パリ・安倍雅信)

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ギリシャ中部にある少数民族のキャンプで発見された金髪の少女!10月18日、ギリシャ警察公表(AFP=時事)

 フランスでは今年10月、コソボから来たロマの少女が学校行事への参加中に身柄を拘束され、コソボへ一家と共に強制送還され、政府の強引なやり方に批判が高まった。一家はフランスに不法滞在しており、内務省は一家の強制送還を決定した。

 フランスでは、たとえ不法滞在者であっても未成年の場合は、教育を受ける権利が与えられている。そのため、ロマの少女も学校に通い、警察に連れ去られた日は校外学習中だった。突然の拘束と強制送還に学校の教員や同級生らは衝撃を受けた。さらにコソボに到着した一家は何者かによって市街地で襲撃を受け、さらにフランス国民の批判が高まった。

 バルス内相は「不法移民に対して法に従って処理しただけで、判断は間違っていない」と声明を出したが、左派系の高校生の抗議デモは全国に広がり、数日間続いた。折しも同内相が9月、ロマに対する厳しい対応を発表した時期でもあり、議論は一挙に高まった。

 バルス内相は9月、ロマ追い出し政策の根拠として「少数民族であるロマの生活様式は、われわれと極端に異なっており、明らかに地元住民との間で対立を引き起こしている」と述べ、ロマのフランスへの統合は困難との認識を示した。

 仏内務省が明らかにした数字によると、パリ警察当局が2008年1月から11年末の4年間に把握している非在留ルーマニア人絡みで起きた事件は、パリ市内だけで1323件から8245件に急増した。12年、窃盗や強盗、暴力的物ごいでの逮捕件数は7579件と8%減少したものの依然、事態の深刻さに変化がないことを物語っている。

 内務省は、パリ市内で軽犯罪を理由に身柄を拘束した未成年者の半数以上が非在留ルーマニア人で、その数は11年だけでも5468人に上ったとしている。そのため、ヴァルス仏内相は9月24日、違法キャンプなどの集落をつくり不法滞在しているロマの野営地解体と、国境まで退去させるしか選択肢がないとの考えを表明した。

 この発言に対して、エロー仏首相率いる連立政権の一角を成すヨーロッパ・エコロジー・緑の党(EELV)のデュフロ住宅相が強く反発した。同住宅相は、ロマ対策に内相が用いた「少数民族」や「統合」という言葉自体が共和国精神に反すると強く批判し、オランド大統領に介入を求めた。

 オランド大統領は、多くの国民がロマによる治安悪化を懸念していることを踏まえ、バルス内相の立場を支持しながらも、左派が売り物にする人道主義に配慮し、ロマの少女だけをフランスに呼び戻し、教育を継続的に受けさせることは可能との方針を打ち出した。

 しかし、オランド大統領の事実婚パートナーのトリルベレール夫人が、内務省の取った措置を批判した他、最大与党・社会党(PS)内でも意見が分かれ、動揺が広がった。これに対して移民などへの不快感を持つ国民の増加を追い風に、最大野党・国民運動連合(UMP)は、現政権の治安対策の甘さを強く批判している。

 実際、10月9日に発表された、14年5月に予定される欧州議会選挙に対するフランスで行った政党支持率調査で、右派・国民戦線(FN)が首位となった背景には、国民の移民に対する不満が背景にあるとされている。ロマ問題もその一つとなっている。

 一方、欧州連合(EU)域内では、ギリシャ中部にある少数民族ロマの居住キャンプで青い目をした金髪の少女が当局に保護された。最終的にブルガリアに住むロマの夫婦が少女の実の両親であることがDNA鑑定の結果明らかになった。また、アイルランドのロマキャンプからも金髪の少女が発見され、誘拐や人身売買の可能性が指摘された。

 フランスには国籍や滞在許可証を持ち定住するロマを含め、約40万人が住んでいるとされ、その中の約2万人が不法滞在者とされている。最新の調査では、全国には約400カ所の違法キャンプがあり、5年以上そこに住むロマが約1万7000人に上るとされる。

 ロマはもともと北インドのロマニ系民族に由来しているとみられ、フランスに到着したのは15世紀だが、人種的定説はない。フランス国内で不法滞在しているロマたちのうち約1万2000人は、ルーマニアとブルガリアから流入したことが確認されている。09年にはサルコジ前政権が、ロマの不法滞在者約1万人を自国に強制送還した。

 過去には10年7月、フランス中部の町、サン・テニャンで、ロマ約50人が斧(おの)やバール、火炎瓶を持って町に現れ、駐車している車に放火し、付近の家や商店を襲い、街路樹をなぎ倒す事件が起きた。襲撃理由は前日、ロマが運転する車が町の近くで警察の検問を突破し、逃走中に憲兵隊の銃弾でロマの若者1人に被弾し、死亡したからだった。

 サルコジ前政権は、ロマのキャンプの強制撤去、強制送還を進めたが、EUの司法委員会は10年9月、フランス政府に対して、サルコジ仏大統領のロマ追放政策はEU憲法に違反しているとして、法的審理を行う警告をしたが、実際には改善を条件に法的措置を取らない方針を決めた経緯がある。

 実際、ロマの生活基盤はフランスのみならず、他の欧州諸国においても産業化社会の進展とともに、生活困窮者が急増し、生活の糧を求めて麻薬密売、強盗などの犯罪に手を染めるロマも増えた。その一方で、ロマは第2次大戦時にナチス・ドイツによる絶滅政策などがあったため、少数民族として保護する動きも戦後高まっている。

 歴史が長く、EU全体としても人権への配慮が求められる難しい問題だが、実際に実効性のある政策は見当たらない。フランスではさらに14年からルーマニアからの移動が自由化される問題もあり、今後、ロマ問題は大きな政治問題になりそうだ。