ロシアへの対抗姿勢鮮明 NATO、東欧加盟国防衛強化へ

ポーランドやバルト3国要請

 ウクライナ危機が深刻化する中、ポーランドや旧ソ連のバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)など東欧の北大西洋条約機構(NATO)加盟国はロシアへの対抗措置として集団防衛力の強化を要請しており、NATOは東欧加盟国の防衛力強化に動いている。NATO軍の東欧常駐化も現実的テーマになっており、ロシアを牽制(けんせい)する「新冷戦」体制が組まれようとしている。(ロンドン・行天慎二)

軍常駐化が現実味

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3月2日、ブリュッセルの北大西洋条約機構(NATO)本部で声明を読み上げるラスムセン事務総長(AFP=時事)

 NATOは16日、ブリュッセルでの北大西洋理事会の加盟国会合で、緊迫するウクライナ情勢に対応するため東欧加盟国の防衛強化を実施する追加措置を発表した。ラスムセン事務総長は「上空での飛行回数を増やし、海上での艦船数も増やす。陸上では即応能力を高める」と語り、バルト地域での領空警備飛行の回数増加、バルト海と東地中海その他への艦船配備、兵員を配置して準備と訓練、演習を向上させること、などの措置を即座に実施すると述べた。同事務総長は前日にルクセンブルクで開かれた欧州連合(EU)防衛相会議でもNATO即応部隊とEU戦闘部隊の協力強化の必要性に言及し、欧州諸国がロシアの軍事的脅威に備えるべきことを強調した。

 ロシアがロシア系住民保護の名目でクリミアを併合し、ウクライナ東部への軍事介入も示唆している状況下で、ウクライナの隣国であるポーランド、多くのロシア系住民を抱えるバルト3国は軍事的危機感を募らせている。ポーランドとバルト3国はブリュッセルで1日に開かれたNATO外相会議の場で、自国内にNATO軍を常駐化させるよう要請した。特にポーランドのスコルシキー外相は、ロシアの飛び地カリーニングラードと国境を接していることを踏まえて、各5000人規模の歩兵旅団を2カ所に配備するよう訴えた。エストニアのイルべス大統領は15日、米国のマケイン上院議員(元共和党大統領候補)らと会談した際に、「われわれは行動が必要だ。言葉だけでは弱過ぎる。反対側は言葉は聞いていない」と語り、ロシアに対して効果的な制裁措置とともに東欧加盟国の東側国境沿いにNATOのプレゼンスを高める必要があると指摘した。

 こうした要請に対して、NATOの旗手である米国は既に3月、バルト諸国上空の警戒強化のためにF15戦闘機6機をリトアニアの航空基地に派遣するとともに、ポーランドにはF16戦闘爆撃機12機と部隊300人を展開して軍事演習を実施している。また、ポーランドとルーマニアに対して空中警戒管制機(AWACS)を追加投入することにしているが、EU内ではドイツやオランダなどがロシアへの軍事的対抗措置に慎重であり、足並みはまだそろっていない。

 米ソによる冷戦終結後NATOの軍事活動はこれまで集団防衛地域(加盟国)以外で行われてきた。ボスニア・ヘルツェゴビナ内戦への軍事介入と停戦監視(1995年)、コソボ紛争への軍事介入(99年)、米同時多発テロ事件後の対テロ戦争としてのアフガニスタンでの軍事活動(2001年~現在)、リビア内戦での空爆活動(11年)などだ。NATOは周辺地域における紛争予防と危機管理の観点から活動してきたが、ロシアとの対峙(たいじ)は回避してきた。しかし、今回のウクライナ危機でロシアの軍事的脅威が現実化しており、NATOは1949年発足時のソ連(当時)の脅威に対抗する共同防衛組織としての使命に回帰しつつある。

 ウクライナへの軍事介入は今のところ想定外のシナリオだが、同様に国内にロシア系住民を抱えるエストニアやラトビア、それにロシア領カリーニングラードと接するポーランドとリトアニアといったNATO加盟国で紛争問題が起きた場合にはNATO条約第5条にのっとって軍事介入することが必須となる。エストニアの首都タリンでは12日と20日にロシア系住民の一部がロシアと接するエストニア北東地域での住民投票を求めるデモを行ったと伝えられており、ウクライナに倣った自治拡大や分離を狙った危険な動きだとして警戒されている。ただ、エストニア内のロシア系住民はロシアとの絆(きずな)が強いウクライナ東部のロシア系住民とは異なり、経済的有利さやEUへのアクセスなどの理由でエストニア帰属派が大多数であると考えられている。このため分離主義者による撹乱(かくらん)行為は全く奏功しそうにない。

 ウクライナ危機でNATOの対ロシア関係は根本的に再検討を迫られている。NATOは97年5月にNATO・ロシア合同常設会議を設置し、基本文書で東欧へのNATO軍常駐化は行わないと約束するなど、ロシアとの協議メカニズムの構築に努力してきたが、それが今、完全に無効になっている。

 今秋9月に英国のウェールズで開催されるNATO首脳会議では、加盟国への集団防衛責任が最重要議題になる予定であり、東欧加盟国内でのNATO軍の常駐化、これまでほとんどの加盟国で削減されてきた防衛費の増加などが決定されることになろう。エストニアのイルべス大統領は「NATOの存在理由は同盟国を防衛し、同盟国の領土を防衛することである。ウェールズ(の首脳会議)ではNATOの本来の考えに再度焦点が当てられなければならない」と述べている。