スイスが移民流入規制を強化へ
欧州の統合・深化には障害
スイスで移民流入規制の是非を問う国民投票が行われ、僅差だが規制に踏み切ることになった。一方、人と物の移動の自由を認める欧州連合(EU)では、加盟国の旧中・東欧諸国からのドイツやフランスへの移動自由化で反移民感情が高まりつつある。5月の欧州議会選を控え、右派政党には追い風だが、欧州の統合・深化には障害となっている。(パリ・安倍雅信)
スイス経済 分岐点
スイスでは9日、移民流入規制をめぐる国民投票が行われ、賛成50・3%、反対49・7%の僅差で可決された。スイスはEU加盟国ではないが、EUとは特に経済面において包括的協定関係にあるが今後、協定に影響が出る恐れも指摘されている。
移民流入規制の是非を問う国民投票は、同国の移民労働者が全労働人口の25%に達していることから、最大政党の右派・国民党の呼び掛けで行われた。規制の内容は国籍ごとの移民数上限などを毎年決めるというもので、可決の結果、政府は3年以内に対応する必要に迫られている。
スイスはEUとの間で人と物の移動の自由を認めており、毎年約8万人が欧州諸国およびその他の国々から流入している。また、隣国であるドイツやフランスとの間では、例えばドイツやフランスに住みながらスイスで働く人などもいる。
複数の金融機関の調査でスイス国民の平均年収は世界一高額で、EU内でも比較的高い年収を得ているフランスや英国、ドイツなどよりも2割以上高い給与を受け取っている。その分、物価も高いが、スイス国外から見れば、労働賃金において大きな魅力となっており、洗練された生活環境も移民を引き付ける要因となっている。
逆にスイス側は、質の高い労働力を周辺国から供給できるメリットがある他、EU市場への自由な参入ができる経済関係もスイス経済にとって欠かせない要素となっている。また、協定によりスイス国民がEU域内で働く例も少なくない。
EUは、今回の移民流入制限の可決は、EUとの関係に大きな変化を与えるとしている。ブリュッセルの欧州委員会の委員の間では「EUから大きなメリットを受け取りながら、一方で門戸を閉ざす決定は両者に深刻な亀裂を生じさせる」との声が上がっている。
スイスへの移民の3分の2はEU出身者といわれ、彼らがスイス経済にプラスに働いている要素も大きい。だが、結果として交通渋滞や住宅不足、生活費の高騰、インフラの整備不足などのマイナス面もあり、反移民感情を増幅させている。フランス国営テレビのフランス2は、スイスで差別感を味わうドイツ人夫婦の例を紹介している。
この問題では、今回の移民規制を牽引(けんいん)した一人、右派・国民党のナタリー・リックリ国民議会議員がたびたび「スイスに住むドイツ人の数は多過ぎる」「ドイツ人は自信過剰」と述べ、移民制限を主張してきた。実際には宗教的にプロテスタントが多数派を占めていたチューリヒにドイツ人が流入し、今ではカトリックが多数派の町に変貌している。
第2次世界大戦でのナチス・ドイツとの緊張関係もスイス人には重い記憶となっている。その意味でもドイツ人の過多の流入は避けたいところだ。また、EU以外の国からの移民流入も今後の課題とされている。その一つがイスラム系移民の問題だ。
スイスは2009年11月、国民投票でイスラム寺院の塔「ミナレット」の建築を禁止することが予想に反し、大差で承認された。国民党が主導した「ミナレットの建設を禁止する条項を憲法に盛り込む」要求は、キリスト教系の連邦民主ユニオンなどの賛同も得て、国民に支持された。
スイスは人口約800万人、毎年の移民流入8万人という数字は隣国のフランスやドイツとは比べられない。しかし、EU域内で旧中・東欧加盟国からの移民解禁が進み、さらにはアフリカ、中東、中国などEU域外からの移民流入に反発してきたフランスやドイツ、英国などの右派政党は、今回のスイスの決定に勢いづいている。
既に600万人の北アフリカ系移民を抱えるフランスでは、右派政党・国民戦線(FN)への支持が着実に伸びている。マリーヌ・ルペン党首は現在、2017年に予定されている次期大統領選挙の候補者として高い支持を得ており、3月に行われる統一地方選挙で同党は大きな躍進が予想されている。
同党首は「スイス国民の決定は良識を表したものだ」「フランスでも同様な国民投票を行うことを要求したい」「主権と経済、社会保障制度、われわれのアイデンティティーを守るために必要だ」と述べた。一方、EUからの離脱を目指すイギリス独立党(UKIP)は「国家主権を愛する者にとって、素晴らしいニュースだ」と述べ、称賛している。
UKIPは09年の欧州議会議員選挙で、英国分のうち約17%の票を獲得し、当時の英与党労働党を抑えて2位となり、13年5月に行われたイングランド・ウェールズの統一地方選挙では、8議席から147議席へと大幅に議席を増加させている。また、オランダの右派政党、自由党(PVV)の党首のヘルト・ウィルダース下院議員もスイスの国民投票について「素晴らしい結果だ」とコメントしている。
EUは08年に起きた世界的金融危機であるリーマンショック以降、ギリシャの債務危機によるユーロの信用不安に襲われ、欧州統合に疑問が投げ掛けられている。景気回復を示す雇用創出が思うように進まない中、その不満の矛先がEUに向けられ、反移民感情にもつながっている。
5月に予定される欧州議会選挙では、反EU、移民排撃を掲げる右派政党の躍進が予想されている。専門家の間では751議席のうち少なくとも150議席を右派政党が獲得する可能性が高いとみられている。その数は現在、第2会派となっている社会民主進歩同盟グループに迫る勢いだ。
ただ、今回のスイスの移民流入規制への方向転換が経済に与える悪影響は至る所で指摘されており、前途多難と言えそうだ。欧州の場合、極右と一言で言えないさまざまな右派政党が存在し、決して一枚岩でないのも事実だ。その意味では、単純に欧州の右傾化が進んでいるとは言い難い側面もある。