北で何が起きたか(上) 遺言に従い金第1書記が命令?
張成沢失脚 ~北で何が起きたか~(上)
党組織指導部が深く関与
北朝鮮で8日、最高指導者・金正恩第1書記が主催し朝鮮労働党中央委員会政治局拡大会議が開かれ、失脚説が流れていた張成沢党行政部長について「反党反革命的分派行為」の容疑で「全ての職務から解任し、一切の称号を剥奪、離党させ除名する」ことを採択した。朝鮮中央通信など国営メディアが9日一斉に報じた。事実上ナンバー2の電撃的失脚はなぜ起きたのか。その舞台裏を探る。
(ソウル・上田勇実)
遺言に従い金第1書記が命令?
張氏は公開の場で「反党反革命的分派行為」という罪状が突きつけられ、朝鮮中央テレビは9日午後、拡大会議の場に「座らせた」張氏を逮捕する場面を捉えた写真まで公開した。韓国の専門家らは「もう張氏の再起は難しいだろう」と口を揃える。
過去、張氏は二度失脚の憂き目に遭いつつも復権を果たしたカムバック歴の持ち主だが、今回は「銃殺刑に相当する」(在韓情報筋)致命的な罪。政治犯収容所送り、最悪の場合は処刑も不思議ではない状況だ。
消息筋が9日本紙に明らかにしたところによると、失脚を主導したのは国防委員会の金昌善書記室長、党組織指導部の金慶玉第1副部長(軍事担当)と閔ビョンチョル第1副部長(地方担当)の3人だという。
金室長は金第1書記の秘書室長で、昨年、金正日総書記の元料理人の藤本健二氏(仮名)が訪朝した際に北京まで迎えに来た人物。2人の第1副部長も金第1書記から直接命令を受ける立場にいる。失脚は金第1書記の意向がかなり反映され、組織指導部が深く関与したということになる。
金正日総書記死去後、義理の叔父として最も近くで支えてきたといわれる張氏を金第1書記はなぜ失脚させたのか。南北高位級会談の元韓国側代表を務めた李東馥元国会議員はこう指摘する。
「張氏は金総書記から正恩後継体制を軌道に乗せるよう頼まれたものの、金第1書記に完全に権力を渡すのを躊躇(ちゅうちょ)していた節がある。これに金第1書記が苛立(いらだ)ちを募らせた可能性は十分ある」
ただ、柳東烈・治安政策研究所上級研究官は「金第1書記一人の決断にしては相手が手ごわ過ぎる」と言う。張氏は中央党、地方党、軍、国家安全保衛部を含む公安、司法や警察などを指導・統制するほか、首都建設事業や外貨稼ぎ、秘密資金管理まで行う党行政部のトップ。背後で政策や人事にも幅広く関与し、摂政体制を敷いていた。
「金総書記は死の直前、張氏に息子への後継作業を託す一方で、息子には密かに張氏を信用し過ぎないよう諌(いさ)めたと考えられる」(柳氏)。
金総書記は適当な時期に張氏を失脚させるよう遺言を残し、金第1書記は執権2年のこの時期にその遺言に沿って命令を下した――。こんなシナリオが浮かび上がる。
権勢を誇っていた張氏でさえ無残に切り捨てられるという事実は、北朝鮮権力層に改めて恐怖心理を植え付けさせるに十分な出来事と言える。「歯向かう者は容赦せず」という恐怖政治を“武器”に金第1書記の統治は短期的には安泰とみられる。
だが、張氏失脚は金第1書記にとってもろ刃の剣にも成り得る。張氏という最も頼もしい後ろ盾を「捨てた」ことで、自ら体制の“安全装置”を解除する結果を招いたためだ。
張氏失脚は、いずれ「体制崩壊の端緒になる」(姜哲煥・北朝鮮戦略センター代表)可能性すら含む大事件であるかもしれないのだ。