山本五十六連合艦隊司令長官の命日で法要


新潟・長岡市の山本記念公園で、遺族や市民らが参列

山本五十六連合艦隊司令長官の命日で法要

山本五十六元帥の胸像を前に、焼香する孫の源太郎さん=18日午前、新潟県長岡市

 太平洋戦争で戦死した旧日本海軍の山本五十六連合艦隊司令長官の法要が、命日に当たる18日、生家跡の新潟県長岡市の山本記念公園で営まれた。孫の山本源太郎さん(53)や市民ら約100人が参列、故人をしのび焼香し、平和への祈りをささげた。

 1945年8月の終戦から今夏で70年。源太郎さんは「祖父が生きていたころと状況は違うが、世界情勢はきな臭くなっている。何年たっても平和であることを望む気持ちは変わらない」と話した。

 山本五十六元帥は米英との開戦に最後まで反対しながら、39年に連合艦隊司令長官に就任。開戦が不可避となり、41年の真珠湾攻撃作戦を立案、指揮した。43年4月、パプアニューギニアのブーゲンビル島上空で米軍機に撃墜され戦死。死後、元帥となり、国葬が行われた。