観光客が戻らぬ「水の都」、文化保全も課題に


世界遺産のベネチア、「危機遺産」への登録を協議へ

観光客が戻らぬ「水の都」、文化保全も課題に

イタリア・ベネチアで水路を進む伝統的な手こぎボートの「ゴンドラ」=10日(時事)

 「水の都」として知られ、街全体が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録されているイタリア北部のベネチア。世界屈指の観光都市だが、新型コロナウイルスの感染拡大で観光業界は大打撃を受けた。一方、多過ぎる観光客により遺産の価値が損なわれかねないとして、ユネスコは6月、「危機遺産」への登録を勧告。16日に開幕する世界遺産委員会で協議する。

 ◇コロナで客激減

 イタリアは欧州で新型コロナの影響が最も深刻だった国の一つで、死者数は約12万8000人に上る。国境は長期間封鎖され、伊ANSA通信によれば、2020年の観光客数は前年比で約62%減った。

 ワクチン接種の普及に伴い、伊政府は日本を含む国外からの観光客受け入れを再開した。ただ、欧州域内からの観光客は戻りつつあるものの、日本人や中国人の姿はほとんど見られない。

 「売り上げはゼロに等しい」。ベネチア中心地の土産物店で働くパトリシアさんは肩をすくめる。特産品の高価なベネチアングラスを購入する裕福な中国人客が激減したのが痛手という。狭い水路を進む伝統的な手こぎボート「ゴンドラ」の運営会社幹部のファビオさんも「コロナ前に比べて3割未満の売り上げしかない」とため息交じりに話した。

 ◇「オーバーツーリズム」

 コロナ以前、ベネチアは長年にわたり、旅行者の増加が住民生活や自然環境、景観に悪影響を及ぼす「オーバーツーリズム」に悩まされてきた。ユネスコは「卓越した普遍的価値」が危険にさらされていると警告。特に、巨大クルーズ船の停泊を懸念材料として挙げた。19年6月には、エンジンの故障で制御不能となった巨大クルーズ船が岸壁に突っ込み、観光船に衝突、数人が負傷した。

 ベネチア大で日本語と日本経済を学ぶマルタ・トッファーノさん(24)は、「近代的なクルーズ船はベネチアの伝統的な雰囲気を壊す」と憤る。クルーズ船で訪れる観光客がもたらす経済効果は認めつつも、「電車やバスなどの公共交通機関でも来られるはずだ」と主張。伊紙レプブリカのロベルト・ペトリーニ記者は「景観だけでなく、水上バスなどの公共交通機関の運行や、潟の生態系にも悪影響を与える」と指摘した。

 ◇観光依存脱却を

 伊政府は今月13日、巨大クルーズ船がベネチアの観光地付近を航行することを8月1日から禁止すると決定。ANSA通信によれば、影響を受ける労働者には給付金が支払われる。

 ベネチアでは観光業に従事する住民の経済的窮状も深刻な問題だ。ユネスコは6月の報告書で「新型コロナの感染拡大により、多様かつ弾力的な経済基盤の必要性が浮き彫りになった」として、過度な観光依存からの脱却を促した。伊政府は、文化保全と地元経済の安定化とのはざまで、難しいかじ取りを求められている。(ベネチア時事)