揺らぐ米中軍事バランス 抑止力強化は待ったなし

《 記 者 の 視 点 》

 米国防副長官を2014年から17年まで務めたロバート・ワーク氏と言えば、オバマ前政権で中国とロシアの軍拡に対抗するため、「第3の相殺(オフセット)戦略」を打ち出したことで知られる人物だ。

 相殺戦略とは、相手国軍事力の「量」の優位を、先端軍事技術による「質」の優位で相殺するという戦略である。米国は冷戦時代、ソ連の軍事的脅威を2度の相殺戦略によって抑止したことから、現代の相殺戦略が「第3」となるわけである。米軍の戦力投射を阻む中国の「接近阻止・領域拒否(A2AD)」能力によって厳しさを増す戦略環境を、技術革新で克服することに主眼を置いたのが、この第3の相殺戦略だった。

 現在は有力シンクタンク、新米国安全保障センター(CNAS)の特別研究員を務めるそのワーク氏が、今月公表した報告書によると、実は中国自身も技術的優位を確立して米国の軍事力に対抗する独自の相殺戦略を推し進めていた、というのである。

 ポール・セルバ米統合参謀本部副議長は昨年6月、ワシントン市内での講演で、20年代前半に軍事技術で中国に並ばれ、30年代には追い抜かれる可能性があると警告した。中国が軍事技術でも米国に猛追しているのは、対米戦略の柱として技術革新を重要視してきたからにほかならない。

 米国はソ連との冷戦に勝利した後、唯一の超大国として圧倒的な軍事的優位を謳歌(おうか)してきた。だが、01年の同時テロ以降、米国が中東での対テロ戦争に引きずり込まれている間、中国は軍事力の近代化に邁進し、米国との差を縮めてきた。

 国防総省でワーク氏の特別補佐官を務め、報告書を共同執筆したグレッグ・グラント氏は、ワシントン・ポスト紙の取材に、現在の米国の対中軍事的優位は「わずか1・1倍」にすぎないと指摘した。「ウサギとカメ」の童話ではないが、のんびり構えているうちに中国は米国のすぐ手前にまで迫って来ていたのである。

 同紙によると、ワーク氏は第3の相殺戦略で差し迫る中国の脅威をはっきり明示しようとしたが、中国との対立を煽りたくないオバマ前政権ではそれができなかったという。ワーク氏は同紙に「中国が迫って来ている」と3度も繰り返し、「私に権限があれば、もはや待つ余裕はないという強まる切迫感を加えたかった」と悔しさをにじませた。

 過剰な対中配慮はしないトランプ政権では、こうした制約は取り除かれた。トランプ政権は第3の相殺戦略という言葉を使っていないものの、技術的優位の維持に力を入れる方向性は引き継がれているように見える。

 米政権の対中姿勢が変わったのは大いに歓迎すべきことだが、それだけで崩れ始めた米中の軍事バランスが好転するわけではない。中国に対する軍事的優位を取り戻す取り組みは「待ったなし」であり、日本も米国との同盟強化と自主防衛力の増強により、対中抑止力を高めていくことが急務である。

 編集委員 早川 俊行