元米兵の「トランス女子」、格闘技参戦で物議

《 記 者 の 視 点 》

 今夏行われた東京五輪で、トランスジェンダー女子(トランス女子)選手が初めて出場し話題となった。女子重量挙げ87キロ超級、ニュージーランド代表のローレル・ハバード選手(43)。男性として生まれ育ち、かつては男子選手だった。30代で性別適合手術を受けた後、女性として競技を再開した同選手の五輪参加に対しては、女性団体などから「不公平だ」と反発の声が上がった。

 結局、成績は3回の試技すべて失敗し記録なしに終わった。もし同選手がメダルを獲得していたら、トランス女子の五輪参加論争はさらにヒートアップしたに違いない。

 来年は北京で冬季五輪、2024年にはパリ五輪が控える。重量挙げという競技者間の接触のないスポーツの場合、他の女子選手の安全を心配する必要はない。しかし、LGBT(性的少数者)運動が活発化し、当事者の「性自認」(心の性)を尊重する社会風潮がさらに強まれば、トランス女子の参加は格闘技にまで広がる可能性がある。この問題で、スポーツ界がジレンマに立たされていることを示す出来事が先月、米国で起きた。

 東京五輪から1カ月余り後、マイアミで行われた総合格闘技(MMA)が舞台。この一戦で、強豪の女性選手と対戦したのがトランス女子のアラナ・マクラフリン選手(38)だった。しかも、この試合がデビュー戦となった同選手には、米軍の特殊部隊に所属していた経歴がある。

 試合は1ラウンド終了間際に、マクラフリン選手の裸締めで、相手選手がギブアップして終わった。ネット上の動画を見ると、パンチを受けた同選手が1度ふらつく場面はあったが、両者の実力差は歴然。ツイッターでは、「死人でもでない限り(トランス女子参加の)危険性についての議論は進まないのではないか」と、懸念を訴える書き込みもあり物議を醸した。

 MMAの歴史でトランス女子の参戦はマクラフリン選手が初めてではない。30歳で性別適合手術を受けたファロン・フォックス選手が2012年デビューし、翌年、トランスジェンダーであることをカミングアウトしている。

 国際オリンピック委員会(IOC)は、思春期以前に性別適合手術を行っているか、テストステロン(男性ホルモン)値が基準値未満である場合、競技への参加を認めている。ハバード選手にしろマクラフリン選手にしろ、ルールはすべてクリアしていたが、だからといって、「公平」とは言い難い。

 IOCが定めた男性ホルモンの基準値は女性の基準値の上限よりも数倍も多い上、性別適合手術が思春期以降だった場合、トランス女子の骨格や筋肉は男性のアドバンテージを残す。ハバード選手が記録なしに終わったのは年齢による体力低下からだと考えられるが、マクラフリン選手の試合は元男性のアドバンテージをはっきり示していた。

 今後の五輪でも、コンタクトスポーツにおけるトランス女子の参加が現実となるかもしれない。しかし、話は逆で、相手選手に危険を与えない競技においても、元男性としてのアドバンテージを持つ選手の参加を公平性の観点から見直すことに合理性があるように思う。人の意識を変えようとするLGBT運動に振り回されない方がいい。

社会部長 森田 清策