「二月の山は初冬や春先とちがった容相を…
「二月の山は初冬や春先とちがった容相を見せる。そこに吹きつけられる雪は銀の針のようだ。厳冬の山は、山自身で深く埋もれて冬眠し、雪と氷と風が狂ったように、また一切の生物を嘲笑するように、一つの生命を作り出している」。
随筆家の串田孫一が『山のパンセ』に収録した「雪・氷・風」の書き出しだ。先日、東京から韓国のソウルへ飛行機で飛んだ。東京もソウルも快晴だったが、裏日本と日本海は厚い雲に覆われていた。
この雲の下で演じられていた気象のドラマを、随筆家は見事に描き出している。厳冬の山は雪と氷と風で狂ったようだが、その造形に驚嘆したのは山形、新潟、福島の3県にまたがる飯豊山塊だ。
気流子の若い日の登山だが、尾根の中腹から眺める稜線(りょうせん)の雪庇(せっぴ)はビルディングのように巨大で、崩落して起きる雪崩のすさまじさを想像させた。稜線にたどり着いてみれば連日の吹雪で、動きが取れなかった。
穏やかな日を迎えた夜明け、ガスも雪面もモルゲンロート(朝焼け)に輝き、この世とは思われない神秘的な美しさ。随筆家はこう続ける。「この世界の中で、最も清らかなものによって、最も苦しい試練を受けようとする心が凍る山へ誘って行く」。
登山家の心を解き明かした言葉だが、試練だけではなく発見もある。痩せた尾根に針葉樹林があり雪に覆われていた。たどったのは高い梢(こずえ)の辺り。雪を踏み抜くのではとひやひや。飯豊山塊特有の雪の造形だ。