「そうじゃのう、わしもそう思っとったんじゃ」…


 「そうじゃのう、わしもそう思っとったんじゃ」と、しばしば博士は言う。「博士語」と呼ばれる言葉遣いだ。テレビや映画のナレーション、漫画などで使われる。博士語は「役割語」の一種。役割語とは、大阪大学の金水敏(きんすいさとし)教授が提唱したものだ。博士に限らず、特定の役割に従った言葉遣いがある。

 しかし実際はどうかと言えば、これまで博士や教授、学者らと接した経験からして「そうじゃのう……」などというケースに出合ったことは一度もない。

 「……じゃ」は広島弁と思われるが、博士や教授は私生活以外で「……じゃ」などとは言わないのが普通だ。実態を全く反映していないにもかかわらず博士語が使われるのは、役割語として定着しているから。博士だけでなく、一般に老人が語る場合、「……じゃ」が用いられることも多い。

 犯罪に関わるインタビューの場面で黒人が登場すると、しばしば乱暴な日本語に翻訳されるという指摘もある。それを違和感なく受け入れる現実があるのも事実だ。

 無論われわれは、この種の役割語がフィクションであることは分かっている。その上で発言内容を理解しているのも確かだ。

 だが、「博士だから、老人だから、黒人だから……」と習慣的に受け止めることが適切だとはとても思えない。役割語の多用は「××は××だ」といったイメージの固定化につながるだけだからだ。役割語と実態のズレについて自覚的であることが求められる。