「一声の鳴きそびれたる夜蝉かな」(五十嵐播水)…


 「一声の鳴きそびれたる夜蝉かな」(五十嵐播水)。セミの鳴き声で一番印象に残るのは、ミンミンゼミだろう。セミの合唱の中で、自分が主役だと言わんばかりにソロで甲高く鳴く声はひときわ耳に残る。

 セミの声に、さまざまな違いがあるのも興味深い。初夏から初秋に至るまで各パートを分けて歌う合唱団のようでもある。ソロで鳴くセミの声も、地味ながら同じ調子で鳴き続けるアブラゼミやニイニイゼミのようなバックコーラスがなければあれほど美しくは聞こえない。

 ミンミンゼミの次に、ソロとして登場するのはツクツクボウシ。音を高くしたり低くしたり、速くしたり遅くしたりと芸も細かい。

 そして最後のパートを担うのは、シャンソンのような気品を漂わせて歌うヒグラシだろうか。明け方や夕暮れにこのセミの郷愁を誘うような声を聞いていると、故郷で過ごした青少年時代を思い出す。

 セミの命は短いが、その短い期間のために地中での何年もの生活がある。地上でソリストとして歌うのは、最後の華やかな舞台なのである。それを考えれば短いとはいえ、美しく充実している。

 今、リオデジャネイロで開催中の五輪の選手も、一瞬の美と勝利を飾るために、セミの土中生活のように練習と努力に明け暮れ、五輪という舞台で輝くために演技をし、技を競って闘う。勝負は時の運だが、全力を投入して闘った選手たちに心から拍手を送り、称(たた)えたい。