東京のJR御茶ノ水駅から聖(ひじり)橋を…
東京のJR御茶ノ水駅から聖(ひじり)橋を渡ったところに湯島聖堂がある。かつて幕府の昌平坂学問所のあったところだ。孔子廟(びょう)をはじめとする建造物は昭和10年の再建だが、4年前に修復工事が完成して厳粛さを感じさせる。
先日訪れたら、カイノキの巨木が黄葉して見頃だった。正殿前にある杏壇門の右側に1本、孔子銅像前に1本あった。ウルシ科のこの名木は中国の曲阜にある孔子の墓所に植え継がれてきたと言われるもの。
大正4年にその種子が日本にもたらされ、苗にして、儒教ゆかりの地に植えられたそうだ。花が咲くのに30年もかかったという。結実を見たのはようやく昭和40年代になってからのことだ。
空に大きく枝を伸ばした姿が美しく、偶数羽状複葉の葉は整然として、楷書の語源ともなった。正殿の前に立つと、儒教が江戸幕府の思想的根幹を支えてきたことに、深い感慨を禁じ得なかった。
それは仁を中心とした人倫の学だった。儒教では自然界の原理と人間社会の秩序を、一貫したものとして捉えている。現代社会で家庭崩壊が多く見られるのも、孔子の教えを古いものとして捨て去ったことと無関係ではあるまい。
最近復刊された評論家・唐木順三の著作「現代史への試み」(「唐木順三ライブラリーⅠ」中公選書)の中で、彼は「科学に対して道義を中心とするもの」が封建的かどうか疑問を投げかけている。唐木はそこに近代を超えるものを予感していたのだ。