高倉健さんが亡くなったのは今月10日で、…


 高倉健さんが亡くなったのは今月10日で、公表されたのは18日。8日間、死の事実が秘匿された。その点では、戦国の英雄武田信玄に似ている。

 信玄の場合は、政治的影響を考えてのことだったが、今回のケースは「俳優は私生活を見せてはならない」という信条によるもののようだ。最後まで銀幕の大スターであり続けた高倉さんらしいと言える。

 死後の報道は「気遣いの人」「他人には優しかった」といった美談の方が、俳優としてどう演じたのか、どういう功績があったのか、といった点への言及よりも多かったようだ。多くの知人から悼む声が相次いだ。

 そんな中、「不器用」な俳優だったというのは、役者としての一面に触れている。様々の役柄をソツなく演じる演技派ではなかったが、その種の演技派を遥かに超えていた。

 本人は俳優であることがいやだったそうだ。特にやくざ映画は苦痛だったらしい。そんなことも知らずに「網走番外地」や「昭和残侠伝」を見ていたのだから、演技する者と観賞する者のズレは相当のものだった。表現者と享受者の関係は、案外そんなものなのだろう。

 長ぜりふが似合わない俳優だった。「何だ? コノヤロ」といったせりふについて故渥美清さん(高倉さんより3歳年長)が「捨てぜりふがいいのは、その役者が乗っているとき」と語ったことが新聞の追悼記事に載っていた。「名人は名人の心を知る」という言葉が思い浮かんだ。