100年前のきょう、ボスニア・ヘルツェゴビナ…
100年前のきょう、ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボで、オーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承者フェルディナンド夫妻がセルビア人民族主義者の青年に暗殺された。第1次世界大戦勃発の引き金となったサラエボ事件である。
サラエボといえば、まずこの事件が頭に浮かび、ボスニア・ヘルツェゴビナといえば、冷戦終結後のユーゴスラビア内戦、ボスニア紛争のことが思い浮かぶ。民族、宗教の難しい問題を抱える地域であるとの印象はぬぐえない。
事実、今も内戦を戦ったセルビア人、クロアチア人、ムスリムの間の対立は残っている。それは最も人気のあるスポーツ、サッカーにも影を落とし、一時は3民族がそれぞれ協会の会長を立てるという混乱に陥っていた。
その反目する人々を一つにして、今回W杯初出場へと導いたのが元日本代表監督のイビチャ・オシム氏だった。ブラジル大会までの経緯は、NHKスペシャル「民族共存へのキックオフ」で紹介されたが、感動的な内容だった。
だから1次リーグ突破こそならなかったものの、同国代表チームがイランから挙げた初白星は、まさに値千金。この国の未来を照らす1勝だった。
オシム氏自身はクロアチア系だが、「自分はサラエボ人」と言うそうだ。サラエボが民族共存の象徴都市として憶えられるまでには、まだ長い道のりがあるだろう。しかし今回の1勝は、その大きな第一歩となった。