新型コロナウイルスの感染拡大は1年を過ぎ…


 新型コロナウイルスの感染拡大は1年を過ぎても収束のめどが立たない。非常時特有の混乱状態はなかなか収まらない。これを批判するのは楽だ。何かを制限する場合には線引きが必要だが、バタバタやるしかない中、例えば「Aは××なのに、Bは○○だ」といった不平等を批判する類いの発言も多い。

 街頭インタビューであれ、テレビコメンテーターの発言であれ、そもそもは自然相手の戦いなのに、自然を批判するわけにはいかないから、全ては人間の問題に置き換えられてしまう。

 コメンテーターがよく口にするのは「抜本的(根本的)な解決策が提示されていない」といった決まり文句だ。この種のセリフは、どんな場合であれ、相手が誰であれ、誰もが気軽に言える。

 だが、「抜本的な解決策」がパッケージで転がっているわけではない。抜本策が分かっているのに何もしないのは無策に違いないし、それに気が付かないのは無能ということになるが、あいにくそれほど明確な抜本策がこの世にあったためしはない。

 この世の全ての問題は、試行錯誤の中で解決されてきた。進んだり戻ったり、横に逸(そ)れたり戻ったり。抜本策が簡単に見つかるような代物でないことだけは確かだ。

 新型コロナ禍が数十年続くとも思えない。抜本策はともかく、具体的なアイデアの一つも提示できればいいのだが、何の用意もないまま「抜本策を示せ」とふんぞり返っているだけなのは芸がなさ過ぎよう。