数年前の夏、軽井沢へ行った。目的は堀辰雄…


 数年前の夏、軽井沢へ行った。目的は堀辰雄関連の場所確認。軽井沢駅北側で地図を見ていると、隣の土産物店の主人らしい老人が「何かお探しですか?」と声を掛けてきた。

 要件は簡単に済んでいたので、その旨を伝えると、やや唐突に「軽井沢なんかつまんねぇとこだよ。冬は寒いし」と80歳は超えているだろう老人が呟(つぶや)いた。冬が寒いのは分かるが、「見ての通り、こんなに大勢の人間がやって来るんだから、つまらない場所ではないでしょうよ」と反論した。

 聞けば老人は、軽井沢生まれの軽井沢育ち。他で暮らしたことはないという。80年間軽井沢暮らしというのも、考えようによっては「つまらない」のかもしれないとも思えてきた。

 よそ者にとって人気観光地は輝いて見える。だからその地に足を運ぶのだが、軽井沢で人生を送る人々にとっては、それも単なる日常にすぎない。

 同じことは、京都であれ札幌であれ金沢であれ当てはまる。観光地として著名であっても、そこに住む人々の日常の暮らしに違いがあろうはずはない。むしろ人気の場所だけに、観光客は日常を見まいとするから、日常を送る人々の存在に気付きにくいかもしれない。

 確かに、軽井沢の光景そのものは変わらない。若干の変化はあるだろうが、軽井沢が軽井沢であることに変わりはない。となれば「軽井沢はつまらない」という旅人ならぬ老人の発言は、全くもってまっとうなものだったことになる。