江戸時代を専門にした歴史学者・故大石慎三郎…


 江戸時代を専門にした歴史学者・故大石慎三郎さんが、江戸中期の老中・田沼意次(おきつぐ)の研究を始めたのは、史料の中に奇妙なことがあると気付いたからだ。意次は賄賂好きの腐敗した政治家と言われてきた。

 その根拠の一つとされた「まいないつぶれ」の図を見ると、記された紋所は「丸に十の字」で九州島津家のもの。田沼家の紋所は「七曜」で照合しない。史料を調べた結果「悪評」を記したものはすべて偽りと結論。

 その研究をまとめたのが『田沼意次の時代』(1991年)だ。エピローグでこう記す。「田沼意次については個的な史料はもちろんのこと、彼を取り巻く根本史料もほとんどといってよいほど、残っていない」。

 今年は意次の生誕300年で、11月16~17日、静岡県牧之原市で記念大祭が開催される。人形劇や記念講演、大名行列などが繰り広げられる。意次は相良藩藩主として地元で尊敬されてきた。

 将軍家の側用人となり、老中として幕閣の表に出てくるが、在職の間不正ありとされ、蟄居(ちっきょ)を命じられる。作家の故村上元三さんは真相を明らかにして汚名をそそぎ、功績を評価したいと願っていた。

 それを結実させたのが小紙に連載された小説『田沼意次』(82年9月~84年11月)だ。村上さんが繰り返し読んだのは幕府編纂(へんさん)の『寛政重修諸家譜』。小説で幾たびも扱ってきて「意次に借りを返した心地になった」と語った。後世の意次は偽情報の被害者だった。