懐かしい静かな闇夜


 子供の頃、夜は本当に暗く静かだった。寝間の電灯は完全に消され、街灯もないから満月の前後でもなければ窓から明かりも差してこない。夏から晩秋まではマツムシやスズムシ、コオロギなどの鳴き声が聞こえてくるが、冬になるとそれもなくなる。聞こえてくるのは、「火の用心」という声と「カチカチ」という拍子木の音だけ。それもすぐに通り過ぎてゆく。

 そんな寝床で記憶に残っているのは、なかなか寝付かれず暗闇の中に独り取り残されたような無性に不安な思い。そんな時になお一層、心の支えになる隣に寝る母の温もりと子守唄だ。「眠れよい子よ、庭や牧場に、鳥も羊も、みんな眠れば…」。後で調べると、モーツアルトの子守唄だった。

 もう少し大きくなって、時々、独りで先に寝床に入るようになると、暗闇の中でいろんなことを考え始める。本や大人の会話やテレビから仕入れた印象的なこと、例えば、人間魚雷なんかの話を聞くと、狭い潜水艦(魚雷)に独り入るのはどんな感じなのかと、いろいろな情景を思い浮かべる。時には怪獣と闘うヒーローにもなるが、死んで自分の意識までなくなったらどうなるんだろうと考えて恐ろしく不安になったりもした。

 最近の夜は明るいし騒がしい。真夜中でも外には街灯が煌々と照っているし、家の中でも小さな明かりはつけたまま寝る。車が通り過ぎる音、夜道を歩く人々の声が絶えず、テレビは夜遅くまでつけっぱなし。子供たちも部屋の明かりをつけたまま、寝床に入ってスマホで連絡を取り合ったり、ゲームをしたり、ネットで何かを見聞きしている。

 文明の産物が夜の闇と静けさを駆逐してしまった感がある。しかし、そんな世の中が静かな闇夜のあった時代と比べてよくなったかというと大いに疑問だ。親子の絆を深め、構想力や思考力を鍛える静かな暗夜がふと懐かしくなるのは私だけだろうか。(武)