アーミッシュの思慮深さ


 今月19日、TBSテレビのバラエティ番組で、米国のキリスト教一派「アーミッシュ」を紹介していた。世俗社会と一線を画して電気や車を使わずに自給自足で暮らすことで知られる。

 筆者もワシントン特派員時代に、そのコミュニティーの一つ、ペンシルベニア州ランカスター郡を何度か訪れた。日本では、1985年に公開されたハリソン・フォード主演の映画「刑事ジョン・ブック目撃者」に登場したことで知る人が増えたようだ。

 16世紀にヨーロッパで生まれたこの一派が米国に入植したのは18世紀初め。20世紀初めには、信者は北アメリカに5000人ほどだったというが、その後増え続け、今では米国だけでも20万とも25万人とも言われる。さらには2050年までに100万人になるとの予測もある。

 近代文明を拒否する人々がなぜ増え続けるのか。理由の一つは聖書の教えに厳格を守って避妊を禁止することから子供6、7人を生む夫婦が多いこと。もう一つは、コミュニティーを離れる若者が少ないことだ。

 アーミッシュは再洗礼派に属する。このため、16歳から成人するまでに、一般社会の生活を経験し、アーミッシュとして生きるのか、それともコミュニティーを出て文明社会で暮らすのか、その選択権を与えられる。

 信者が増え続けるということは、文明よりも農業中心の質素な暮らしを選ぶ若者の割合が高いことを意味するが、驚かされるのはその多さだ。実に9割に達するという。

 不便かもしれないが、家族や周囲の人々と助け合う暮らしに、便利さや享楽には代え難い幸福を感じるからこそ、彼らは信者であることを選択するのだろう。情報ツールが発達すればするほど、人の絆が切れてしまうIT社会の弊害を見るにつけ、近代社会に距離を置く彼らの思慮深さに教育の原点を見る思いがする。(森)