台頭する北朝鮮新興富裕層
党幹部と癒着、建設投資で儲け
北朝鮮版「赤い資本家」とも称される首都・平壌に居住する新興富裕層の台頭が著しいという。彼らは党幹部と癒着して高層マンション建設の投資で一儲(もう)けしたり娯楽施設でエンジョイするなど、食うや食わずの一般住民とはまるで別世界に住んでいるようだ。(ソウル・上田勇実)
保有外貨は数十万㌦に
体制への影響は限定的か
金正恩第1書記が最高指導者になって以降、平壌は空前の建設ラッシュに沸いている。高層マンションが林立するようになり、すっかり近代都市としての景観を整えるようになった。先月も市内に科学者や党幹部らが入居する、集合住宅としては北朝鮮一高いという53階建てマンションが完成し、金永南・最高人民会議常任委員長ら最高幹部らがこぞってここを訪れた。
いったいこれほど多くの高層マンションを建てる予算がどこから出るのか。そんな疑問が韓国の研究者やマスコミの間で広がっていたが、脱北者の証言などから次第に浮かび上がってきたのは「銭主」と呼ばれる新興富裕層の存在だ。
旧ソ連をはじめとする共産主義国家の体制崩壊で、その経済的後ろ盾を失った北朝鮮は1990年代半ばすぎに自ら「苦難の行軍」と称した大飢饉(ききん)と経済難に見舞われたが、これを境に住民たちは国家の配給に頼らず市場で食糧や日用品を調達するようになった。
徐々に富を蓄え始めた人たちを黙認する見返りに党幹部らは賄賂をせしめるようになり、これがさらに発展して財政難に苦しむ党が各種利権事業を投資先として認め、これを通じて事実上の私有財産を増やす銭主から金品を巻き上げるという“共生関係”が出来上がっていったとみられている。
高層マンション建設の場合、名目上は国営の建設会社が施工に当たるが、実際は銭主に任せ、彼らは建設する前にあらかじめ入居者を募って一世帯ごとにマンション使用料を徴収。自己資本にこれを加えて元手とし建築資材などを買い付けて建て始める。
銭主は自分たちの儲けのため、例えば工程の約60%くらいで工事をやめ、あとの内部設備と内装は入居者がやらなければならない仕組みになっているという。銭主がマンション一棟を建てるにはさまざまな許可が必要だが、そのたびに党幹部らには賄賂が転がり込む。
マンション各世帯の所有権は国家に帰属し、入居者は使用権だけを買う。出ていくときは使用権を新たな入居者に売る。このような使用権売買には金持ちしか手が出せないものの、一種の不動産取引が成立していることになる。最高級マンションの相場は日本円にして2000万円くらいだといい、最近は5000万円以上が登場したともいわれる。
一方、金第1書記時代になってから平壌には「人民野外スケートリンク」や総合娯楽施設「ヘダンファ(ハナカイドウ)館」、大型ウオーターパーク「ムンスプール」など娯楽施設が次々に建造されたが、これらは銭主に遊んでもらうと同時に、入場料などが外貨支払いになっていて当局の外貨稼ぎに一役買っているという。
銭主が保有する外貨は多い人で数十万㌦に達し、一説には十万㌦以上の資産家が数万人に上るとも言われる。ブランド品を身に着け、ポイントが貯(た)まるカードを使い、各種娯楽施設で遊ぶ銭主たちにとり、北朝鮮という国は「飢えや貧困にあえぎ人権がなく不自由でチャンスがあれば脱出したい国」という国際社会が抱くイメージとは程遠い。
気になるのはこうした新興富裕層の台頭が今後、北朝鮮社会、さらには北朝鮮独裁体制にどのような影響を与えるかということだ。
平壌出身のある脱北者はこう指摘する。
「市場での食糧調達に端を発した資本主義経済の動きは、富める者はさらに富み、貧しい者はいつまでもそこから脱することができないという貧富の格差を生んでいる。銭主たちはその他多数の一般住民とは別世界に住んでいると言える」
また別の脱北者によると「銭主といえども金日成・金正日・金正恩への崇拝を徹底的に強要する思想教育から逃れることはできない。金第1書記は銭主たちを適度に監視しながら金儲けを黙認している」のだという。
銭主たちが資本主義の味を覚え、やがて「革命勢力化」するなど体制に影響を与える存在になるのかというテーマが韓国でも議論されているが、影響力は限定的との見方が多い。