仏、テロ単独犯の増加警戒

シリアで戦闘訓練受け帰国

 ベルギーの首都ブリュッセルのユダヤ博物館で5月24日に発生した銃乱射事件で、アルジェリア系フランス人容疑者が逮捕された。単独犯行の可能性が濃厚とされ、イスラムのジハード(聖戦)に感化されたフランスの移民系の若者がシリアで戦闘訓練を受け、帰国後にテロを単独で実行するパターンが増えることをフランス当局は警戒している。(パリ・安倍雅信)

「聖戦」に感化された移民系若者

 今回の事件で逮捕されたメディ・ネムシュ容疑者(29)は現在、フランスで身柄を拘束されている。ベルギー当局への身柄引き渡しをめぐり、法的手続きが難航し、6月26日には引き渡しが行われる可能性が高いとされるが見通しは立っていない。

 同事件は、ブリュッセルにあるユダヤ人博物館で起き、武器を所持した犯人によりイスラエル人旅行者夫婦とフランス人女性1人が現場で射殺され、24歳のベルギー人男性も負傷して病院に搬送されたが死亡した。フランス当局は1日、南仏マルセイユで逃走中の男を逮捕したが、黙秘を続けている。

 ネムシュ容疑者は5月30日、アムステルダム発、ブリュッセル経由の長距離バスにブリュッセルから乗車し、フランスの南部マルセイユに到着した際、麻薬取り締まりの税関職員の取り調べで、所持品から犯行を認める40秒のビデオ映像や犯行に使われたとみられるカラシニコフ銃と260発の弾薬、38口径の拳銃と弾薬57発、ガスマスクや犯行時かぶっていた黒い帽子も見つかり、その場で逮捕された。

 フランス当局の話では、ネムシュ容疑者は当初、犯行の一部始終を撮影するためビデオカメラをかばんに装着していたが、うまくいかなかったことが押収されたビデオ映像の中で語られていたことを明らかにしている。ビデオではユダヤ博物館を襲撃したことを認める犯行声明も記録されていた。

 また、逮捕当時、シリアのイスラム武装勢力過激派組織「イラク・シリアのイスラム国」の名と「アラーは偉大なり」とアラビア語で書かれた「白い布」を所持していた。当局は容疑者が「イスラム国」の義勇兵だったとみている。国土中央情報局(DCRI)はネムシュ容疑者を2009年に危険人物として、監視対象リストに掲載していた。

 当局によれば12年12月末、同容疑者は聖戦に加わる目的でベルギー、英国、レバノン、トルコ経由でシリア入りし、1年以上戦闘に加わったとみられている。今年3月18日ドイツの諜報(ちょうほう)機関がフランス当局にネムシュ容疑者がヨーロッパに戻り、フランクフルトに滞在していることを伝えたが、その後の足取りを見失ったとされている。

 ベルギー警察によると死亡した50代のイスラエル人夫婦は、2人ともイスラエルの政府機関に勤務し、夫はイスラエルの対外特務機関モサド同様、首相府に属する組織の職員だったことを明らかにしている。

 フランスでは5月、ジハード(聖戦)に参加するためにシリアに渡るフランス国籍者が増加していることを受け、親族や周辺の人たちを対象にした無料電話相談サービスをスタートさせたばかりだった。事件はその矢先に起きた。

 事件が起きたブリュッセルのユダヤ博物館の館長は「シリアの内戦に加わった聖戦主義者のテロリストは、欧州内に何千人もいる。だから今回の事件で犯人が逮捕されたとしても問題が解決したわけではない」と述べ、シリアから帰国したテロリストの監視強化を訴えている。

 ネムシュ容疑者は、1985年8月フランス最北部ノール県リール北東部郊外のアラブ系移民が集中して住むルベに生まれた。アルジェリア系移民の両親の離婚で里親に預けられたり、祖母に育てられたりし、その間、路上生活も強いられ、これまで計5回刑務所に収監されている。

 2007年から南フランスで5年間服役中、他の受刑者からイスラム聖戦主義の影響を受け、当時本人から外部に送られた手紙の中にイスラム教への関心が高まっている内容が残されている。結果、服役中に他の聖戦主義の受刑者と接触したり、布教を行ったり、礼拝を呼び掛けたりしていた記録も残されている。

 フランスでは、12年3月にアルジェリア系移民の2世のメラ容疑者が、南仏トゥールーズに駐留する仏兵士とユダヤ人学校を狙い計7人を殺害する事件が起きている。同容疑者は事件直後、銃撃戦の上、特殊部隊によって殺害されたが、メラ容疑者もアフガニスタンやパキスタンへの渡航経験がある他、刑務所で聖戦主義の影響を受けていた。

 日刊紙ルモンドのテロ専門のジャック・フォロロ記者は「ネムシュ容疑者とメラ容疑者の例は酷似している」と指摘している。両者ともに移民系家庭に生まれ、両親が離婚し軽犯罪を繰り返し、服役中にイスラム聖戦主義に感化され、危険人物として当局が把握しながらも、単独犯だったために当局は動きを把握できていなかった。

 また通常、イスラム過激派メンバーは過激派が運営するサイトに書き込みを行うことが多いのに対して、両者は、過激な書き込みを行ったりしていない。そのため個人としては危険人物リストに入っていたが、監視下のイスラム過激派の小グループの外にいて、一匹狼(おおかみ)として行動していただけに把握が難しかったとされている。

 フランス内務省は、メラ、ネムシュ両容疑者のような当局の追跡が手薄なホームグロウンタイプのテロリストを過激派組織がうまく利用している可能性もあるとみている。そのため、組織的活動への監視を強める一方で、過激派組織が一匹狼で行動できるテロリストの養成にも力を入れているとみて、シリアなどで聖戦の実戦訓練を受け、帰国するフランス国籍の若者の行動監視強化を行うとしている。

 ただ、専門家の間では、シリアやアフガニスタン、パキスタンなどに渡航したフランス国籍所持者が、何をしていたかを把握するのは不可能と指摘している。また、ホームグロウン型テロリストの監視も非常に難しく、親族など周辺の人々の協力が不可欠としている。