韓国で「女性徴兵制」の議論が再燃

不満を募らす20代男性、安保と社会学の両側面が交差

 セクハラ問題で揺れる韓国軍。先ごろ、空軍の女性副士官(尉官と兵の間の階級)が上官からの性的暴行を訴えたところ、組織的隠蔽(いんぺい)に遭い、自殺した事件をめぐり、韓国内ではいじめ、暴行、性的暴力など「兵営文化」への批判だけでなく、女性と軍、徴兵制にまで議論が広がっている。

 この事件が明るみに出る前に、女性徴兵制について月刊誌新東亜(6月号)が特集していた。文在寅(ムンジェイン)政権になって「公正性とジェンダー葛藤が主要イシューに浮上し、男性だけ兵役義務を負うことに対する問題が提起されて」いたことを受けてのものだ。しかし、現状は女性を受け入れるには制度的にもインフラ的にもまだまだ未整備な状態で、事実、女性徴兵制の話は浮かんでは消えていった話題でもある。

 ちなみに韓国軍にいる女性はいわゆる志願兵で、全軍62万5000人のうち1万263人(1・6%)だ。自衛隊全体の女性自衛官比率は4・7%、米軍では4軍で16・5%である。

 特に今回また議論に火が付いたのは、与党共に民主党の朴用鎮(パクヨンジン)議員が4月に『朴用鎮の政治革命』という本を出したことがきっかけとなった。朴氏は来年の大統領選に名乗りを上げているから、ほぼ話題作りのためのもので、実際、大統領選のたびに、誰かがこの問題を取り上げる。

 加えて、4月に行われたソウル・釜山市長選で与党が惨敗した要因の一つが20代男性が与党に背を向けたことだった。韓国では20歳から28歳の間に18カ月(陸軍)から22カ月(空軍)入営しなければならず、キャリア形成の上で大きな試練とも障害とも言われている。そのため、徴兵制の改編で「この男子(20代)」を掴(つか)むことが政界の大きな関心事となっているのだ。

 同誌によれば、韓国では「人口絶壁で兵力減少が予想される」中で、「男性だけに課される兵役義務に対して議論が必要な時点」になっている。さらに、大統領府のホームページにある「国民請願掲示板」には「女性も徴兵対象に」というスレッドが立ち、4日間で同意見が20万人を突破した。20万人を超えると大統領府は何らかのアクションを起こさなければならない決まりになっている。

 このように徴兵制問題といっても、切り口が何通りもある。若年人口減少から男女性差別、兵営文化の改善、安保状況の変化、等々、安全保障の側面と社会学的側面とが交差しているのだ。

 こうした状況を受けて、同誌では現役・退役の女性軍人に意見を聞いた。おおむね女性徴兵制には肯定的なのだが、そこには「本音と建前」があった。「女性も徴兵を」と建前では言うが、実際に軍に女性が入れば、「女の分際で」という本音が出てくるという。

 女性の社会進出が進んでいる感のある韓国だが、伝統的な男尊女卑は根深く残っている。セクハラの対象になるのも、そうした性認識が根底にあり、制度的な“矯正”で容易(たやす)く改善される問題ではない。「女性徴兵制が女性差別解消の契機になるという主張はナイーブ過ぎる」と副士官出身者は言う。男女公平の議論は軍という独特の空間で進めるには特殊過ぎるのである。

 一方、「20代男子」の心を捉えようと政界ではさまざまなアイデアを出す。例えば、軍歴をその後のキャリアで生かす「軍加算点制度」だ。除隊後の「公務員採用試験で科目別の満点の3~5%を加算する」というものだ。

 しかし、これこそ兵役義務のない女性や身体的理由で軍に行けなかった者への差別になるとして、憲法裁判所で違憲決定が出されている。

 女性徴兵制はなかなか本質的な議論にはなりにくい状況があるようだ。つまり、「安保的観点から女性が必要か」という実質の部分に「男女公平性」という別の側面が入ってくることによって、答えが出にくい状態になっているのである。

 さらに、20代男性の不満は「男だけが軍隊に行く」不公平感だけではなく、キャリア形成の難しさに対する感情的側面もあると「李康寿(イガンス)漢城(ハンソン)大教授」は同誌に語る。

 K―POPのスターですら逃れられない徴兵。韓国が抱える問題の複雑さを垣間見る。

 編集委員 岩崎 哲