「ある時は万葉人(びと)の相聞歌しみじみと…


 「ある時は万葉人(びと)の相聞歌しみじみと読み老いを忘るる」。国文学者で作家、エッセイストでもある中里富美雄さんが短歌誌『迯水(にげみず)』(5月号)に掲載した歌で「老いを見つめて」と題する連作の一首。

 この5月で101歳を迎えた。昨年の満100歳の誕生日には、家族や親しい人たちがお祝いの会を計画してくれたが、新型コロナウイルスの感染拡大で中止に。お祝いの会は翌年になったが、1年めぐってもコロナ禍は続いている。

 その間に出版したのが随筆集『山のけむり』だ。「生きることとは、書くことと歩くことである」という江戸時代の文人、神沢杜口(とこう)の人生訓を信条にしてきたそうだ。が、もう歩けなくなったという。

 随筆集の扉に、昨年、栃木・日光市の「明治の館」で写したという写真が掲載されていた。テーブルの上に原稿用紙を広げて何か書いている。たくさんの文章を書いてきたわけで、原稿用紙の文字を見つめる姿は堂に入っている。

 長生きする人は多くなったが、病気や認知症のために苦しむ人が多い。だが、中里さんはお元気なのだ。著書は60冊に上り、今も書き続けている。戦争体験や校長職の経験などあらかた書いたが、書く文章はいつも新鮮だ。

 昨年出した歌集『百壽讃歌』の中に、戦争体験を詠んだ次の歌がある。「そのむかし国に殉ぜんとせし日ありその心意気今も恥とせず」。軍隊で培った不屈の精神は、国文学者になっても貫かれ、今も躍動している。