<瓶(かめ)にさす藤の花ぶさみじかければ…


 <瓶(かめ)にさす藤の花ぶさみじかければたゝみの上にとゞかざりけり>。病床の正岡子規が、藤の花を見ながら詠んだ10首のうち最も人口に膾炙(かいしゃ)した歌である。晩年の随筆集『墨汁一滴』に収められている。

 <瓶にさす藤の花ぶさ花垂れて病の牀に春暮れんとす>。瓶に生けられた藤の花を愛でるうれしさの一方で、孤独、寂寥感が滲み出ている。

 <去年(こぞ)の春亀戸に藤を見しことを今藤を見て思ひいでつも>。1年前は何とか病を押して、有名な亀戸天神の藤を観ることができたが、既に外に出歩くこともできないほど病は悪化していた。「此頃ハもう昼夜とも苦痛煩悶のみにて楽しき時間といふもの少しも無御座候(ござなくそうろう)」(母方の叔父大原恒徳への手紙)という状況だった。

 そんな子規を慰めようと、家人か周辺の人が用意したものだろう。あるいは子規本人が所望したか。稿の最後の「をかしき春の一夜や」の言葉に、子規の満足が伺える。

 <この藤は早く咲きたり亀井戸の藤咲かまくは十日まり後>。稿の日付は4月28日となっているから、10日後はちょうどきょうあたりになる。亀戸天神のホームページによると、毎年恒例の「藤まつり」は、今年は4月17日から5月5日。